なぁ、と主がいいにくそうに私に声をかけた。私は目だけを主に向ける。

「これから、どうするつもりなんだ?」

意外な問いかけだと思った。これからはすでに、私の手の中にはない。

それに気づいたのか、主はもう一度、言葉を選ぶ。

「おまえは、どうしたいんだ?」

「わからないよ」

私がそういうと、不意打ちのように沈黙が訪れた。息が詰まる。それをうち消すように、紅茶のお代わり入れようか?と奥さんが席を立つ。

「率直に云うけど、今事務所も、劇場サイドも、おまえの商品価値を見定めているんだろうと思うんだ。このまま、まだ売れる可能性があるなら、おまえを擁護する方向に傾くだろうし、もう価値がないと判断されれば、最悪解雇だろう。事務所はさておき、もうあの舞台には立てないだろうな」

主の声は冷静だった。そうやってなんの曖昧さもなく云われると、まるで人ごとのように感じる。やっぱり、自分の認識は、まだまだ甘いのだろうか?

「それには、まぁ、いろいろと思う所はあるだろうけれど、それが現実、仕事だから仕方がない。ただ、おまえにその覚悟があるかどうか、という話だ」

覚悟?と問い直すと、主は神妙に頷いた。

「これは俺の勝手な推測だけど、おまえを無碍に放り出すような結論は下されないと思う。だから、そうなった時に、きっとおまえには、世間に対して謝罪することが要求されるだろう。たとえ、それが形式的なことでも、ちゃんと頭を下げることが出来るかどうか、そういう覚悟だよ」

「謝るぐらい、出来るよ」

自分でも驚くほどの、自信のなさだった。あらためてそう云われると、自分でも自信がなくなる。

「大丈夫か?謝るって口で云うのは簡単だけど、結構きついぞ。いろいろ云われるだろうし」

仕方がない、と即答できるほど、私は納得していない。きっと、そうだ。

「おまえぐらいの歳には、結構ストレスになるようなことだと思うけどな」

主はそう云うと、もどかしそうに視線を彷徨わせて、すがるように台所の方を見やった。気まずさの解決を、奥さんに求めているみたいだった。

「さっさと辞めて、ヌードにでもなろうかな」

バカ云うな、と苦笑混じりに、主は語気を荒げた。

「あんな写真も公開されちゃったしね」

騒動の発端の記事には、彼に送った写メールも掲載されていた。その中には、戯れで送った、露出の高い画像も含まれていた。顔までは映っていなかったけれど、そこまで晒されると、これからどういう顔をして人前に出ればいいのか、迷ってしまう。

「おまえ、ヌードなんて簡単に云うけど、肌を晒して仕事するって、並大抵の覚悟じゃ出来ないんだぜ。今の仕事よりもっとずっと、勇気がいるんだよ、甘く見ない方がいい」

でもさ、とわざと私は戯けてみせる。

「今の仕事も、あんまり変わりないじゃない。グラビアの仕事なんて、下着じゃないの、あれ」

まだ、グループでしか雑誌の取材なんて呼ばれない頃、初めてのグラビア撮影があった。その時、衣装に用意された水着を見て、ずいぶんと小さいな、と思ったのを好く覚えている。それを綺麗とかカワイイとか、そういう感覚で見られなかった。

「俺はギターを弾く仕事をしている。それなりに自分のキャリアには誇りを持っている。でも、唯一敵わないのが、歌を歌うことだ。唄って云うのは、口と喉をだけじゃなく身体全体で唄うモノだ。それ以外の何物もない。

それに比べて、俺はギターという武器を持たないと、人前で勝負できないんだ。それを身体一つ、裸一貫で表舞台に立つって云うのは、尊敬に値する。俺はどうしたって、敵わないと思う」

主は私の目をじっと見つめた。

「おまえ達は、本当に好くやっていると思うよ。人前であんなに笑ったり、踊ったり、唄ったり、着飾っても、やっぱり身体で勝負しているんだからな。それだけで立派なもんサ。

だから、おまえ達を見るのは楽しいんだ。健気だな、と思って愛おしくて仕方が無くなる」

「それってさ、子供の成長を見守る、みたいな感じじゃないの?」

そうかもしれん、と主は自嘲気味に唇の端を歪めた。

「今のままでも、充分に尊敬に値するってことだ。裸の仕事も、それはそれで区別はないけれど、今のままでも充分に自分に誇りを持て」

褒められて悪い気はしない。だけど、それを素直に表現する術を、私はまだ身につけていなかった。本当に不器用だと思う。

「私の裸なんて、需要無いよ。誰も求めていない」

そうなだな、といって、今度は声を出して笑い出した。自分で云っておいて、その主の反応は少し、むかついた。

そこへ、奥さんが煎れ直した紅茶を持ってきた。甘い香りに、私の心は少し、ほどけた。

 

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