なんとなく、そんな気がしてくると、奥さんが私とは関係なく、日常を送っていることが、たまらなく寂しくなる。奥さんは、特に仕事に関して、主とは一線を引いて介入しないことにしている、といっていた。結局、私は仕事の関係者程度、なんだろう。

「あの」

と奥さんが通りかかった時に、上半身を起こした。何、と奥さんは、華やかな笑顔を浮かべた。

「なにか、手伝いましょうか?」

「お客さんに悪いわ」

奥さんはそれだけ云って、また奥の部屋に消えようとする。待って、とその背中を声で押し止める。とにかく、誰かに関わっていたかった。

「なにか手伝わせてください」

退屈しているんだよ、と背中越しに主が云った。でもねぇ、と少し首を傾げる仕草が、何ともかわいらしく見えた。本当に奥さんは、私より年上なのだろうか?と思う。

「クッキーとか、ケーキとか作ってみる?」

問われて、途端に自分が恥ずかしくなった。私はどうも、料理が不得意だ。いつもは外食か、仕事で出るお弁当で済ませていた。ましてや、ケーキやクッキーなど、作ったこともない。

「材料はあるのか?」

私の返事を待たずに、主の方が乗り気だ。きっと、私の退屈を知って、持て余しているのだろう。

なにか買ってこようか、という主に、大丈夫だと思うわ、と手にした洗濯籠を床に置いて、奥さんはキッチンに向かった。

食器棚を開けたり閉めたり、シンクの下に潜ったりしているウチに、見る見るうちに薄力粉や、ボールが並べられてゆく。イヤ、その前に、お菓子作りの本を用意して欲しい、と思う。

「作ったこと、ある?」

すべて揃え終えて、奥さんは私に向かって云った。私は仕方なく、素直に首を横に振った。

「いい機会だから、覚えて帰ると好いわ」

いらっしゃい、といって手招きする。私はようやくソファから立ちがあり、キッチンに入った。

入れ替わりに主は、廊下に置かれた洗濯籠を拾うと、そのまま部屋の奥へと消えていった。

 

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