なにか一つ、やることを失うのはそれだけで、気持ちが萎える。何とか気を紛らわせようと思うけど、さっきからテレビも真っ暗なままで、奥のキッチンで食器を洗う音しか聞こえない。話し相手のつもりで主は、私とは少し離れてソファに座っているのかもしれないけれど、眠そうな顔のまま新聞を読んでいた。全く、私の相手をする気がないのか、距離感を計りかねているのか、よくわからない。

手持ちぶさたに、私はあまり耐えられない。今は、よけいに、なにかをしていたいと思う。

テレビ点けるよ、と一言云って、私はテーブルの上のリモコンを取った。主は、半ばしくじった、という顔をした。慌てて、DVDの続きを見るのか、と云う。

「そろそろ、ワイドショーの時間じゃない?私のことやっているかも」

そういって、自分でも自虐的だな、と思った。バチバチと、足早にチャンネルを変える。このリモコンの使い方だけは、昨日の内にずいぶんと習得した。

だけど、何処も芸能ニュースはやっていなかった。グルメレポートとか、政治の話とか、昨日の野球の結果とか、あとは通販番組と、海外のニュース、アメリカのバスケットボールの再放送。私のことなどお構いなしに日常が続いている。平和な昨日の延長で、今日があるみたいな感覚に、どうしても違和感が残った。

「おまえのことは多分、流れないよ」

主はなにかの感情を押し殺したような口調でそういった。私はその感情を掴みあぐねる。

「こういう時は、テレビ局が気を利かすんだ。おまえ達はずいぶんとCMを持っているだろ?CMに悪影響を及ぼさないためには、今回のことはあまり大きくなって欲しくないと思っている。スポンサーのそのご意向にテレビ局は遠慮するんだよ」

「どうせなら、わーわー騒いでくれればいいのに」

本当に自虐的だな、と思うけれど、そもそも、ワーワー騒ぐことなのかどうか、自分でもよくわからない。テレビ局の意向とかではなく、こんなくだらないことを取り上げない、という方がずっと自分にとっては理解可能だ。

「それが人気のバロメーターとか思っているのか?おまえは本当に、脳天気なヤツだな」

ふん、と鼻で笑って、主は再び新聞を手に取った。

つまらない、と私はそういって、立ち上がった。慌てて主は新聞を置く。ちゃんと畳まれない新聞は、パラパラとテーブルから床の絨毯に落ちてゆく。

トイレ、というと主は、なんだ、とホッとした表情をして、緊張を解いた。

何処へ行くと思ったのだろうか?そもそも、何を心配しているのだろうか?

ふと、暗闇の中で呟いた言葉を思い出す。

死のっかな。

もう一度声には出さずに呟いてみても、それは全く本気の言葉じゃないと、あらためて確認するだけだった。

ただ、本気にしたがっているのかもしれない、とは思った。

 

前へ

次へ