朝食代わりのリンゴ・パイを食べ終えてから、部屋のカーテンを開けると、外はどんよりと曇っていた。朝、明ける前は少し晴れ間も見えていたはずなのに、外はネズミ色に染まっていた。目の前のベランダ越しに、くすんだ赤の煉瓦の建物が目に入った。商店なのか、事務所の入った店舗なのか、ちょうど三階部分とこのマンションの高さが一緒だった。その建物屋上から向こうが見えたけれど、ありきたりの屋根の列しか見えなかった。ずっと向こうにうっすらと山の影が見えるけど、今はかすんでよく見えなかった。

「橋が見えないよ」

確か、ここに来る前に海をまたぐ大きな橋を渡ってきた。この地方都市のランドマークのような建造物だった。だけど、かなり大きく開いたガラスの向こうに、片鱗すら見つからなかった。

ここからは見えないよ、とさっき顔を洗ったばかりの主は、相変わらず憮然としていた。

「見に行きたいけど、行けないんでしょ?」

何も云わずに、主は顔を背けた。見に行きたいワケじゃないけど、この部屋から出られないことの方が気がかりだった。それほど自分が、顔を知られているとも思えないけれど、この度の騒動でそれは一転したのかもしれない。

 

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