昨日この部屋に着いて、一段落すると、奥さんが帰宅した。その時初めて、彼女と会ったのだけど、主には失礼だけど、不釣り合いにきれいな人だと思った。正直、もったいない、と思った。小柄で、アニメの萌えキャラを実写化したような雰囲気だった。確かに、目元の辺りにうっすらと小じわが浮かんでいて、それ相応の年齢を重ねているであろうことはわかるのだけど、醸し出すオーラみたいなモノが、まだまだ若々しかった。

元は、地元でアナウンサーをやっていたんだ、と主は紹介した。今でも時々、ナレーションの仕事をしているらしい。初めまして、と笑顔で挨拶されたその声を聴いて、なるほどな、と思った。透き通るような響きに、滑舌の良さが耳に残った。

奥さんは手にずいぶんと大きな荷物を抱えていたが、そのほとんどは食料品だった。その後しばらくして、宅配業者が、更に大きな荷物を運んできた。それから立て続けに、荷物が届いた。

それはすべて、子供部屋に、と空けておいた閑散とした部屋に運び込まれた。テレビや、ローベッド、小さなガラステーブルと、パイプハンガーなんかが、瞬く間に箱から出されて並べられた。洗濯物を片づけて、おおざっぱにそれらを据え付けると、そこはちゃんと人の住む部屋に様変わりした。

ただ、全く生活感はなかった。作り物のテレビのセットみたいだ。

「好きに使ってイイからな。あと、何かいる物があったら云ってくれよ」

主はそういって、その部屋に私を押し込めようとしたけれど、私は首を振った。主の思惑は二度にわたって、拒否されたことになるけれど、私はお構いなしだった。

「リビングでイイ」

そう繰り返す。奥さんがやってきて、まぁいいじゃない、と云った。まだここに来たばかりだし、と朗らかに笑い声を立てた。

結局、私がそこに、着替えを詰め込んだトラベルバッグを放り込んだら、完全にそこは物置と化してしまった。 

きっとそこは、今回の私の騒動がなければ、空き部屋のままで、いつか二人の間に産まれるであろう子供が、最初の住人になる予定だったはずだ。そこを無理に、という感覚に、躊躇を覚えたわけではないけれど、やはり、自分のせいで、誰かの大事な予定を狂わせてしまう、ということがひどく負担だった。

申し訳ない、という感情よりは、自分もその騒動に巻き込まれた当事者、という意識が強かった。だから、そうやって負担に思うこと自体、腹立たしくて仕方がないのだ。

せめて、もっとしなやかに、当たり前に、この事態を受け止めることは出来ないんだろうか?

そうはできないことがわかっていて、私は苛立っていた。

 

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