車は何処にでも走っている大衆車だったけど、一目見てあのCDのプロデューサー、つまり主のモノだとわかった。運転席で、主はひどく興奮していて、スタッフを残してマンションから走り出す間際、けたたましくタイヤを鳴らした。

そのまま、夜通し高速道路を走った。途中、人気のないパーキングエリアを選んで、休憩したけれど、トイレ以外は車の外に出なかった。主は、ずっと私を気にしてくれていたけれど、会話が続かず、私は行程の半分を寝て過ごした。

気がついたら夜が白々と明けていた。フロントガラスが、海から昇る朝日を照らしていた。きれい、と私は感嘆の声を上げたら、呑気だな、と主は憮然とした声を出した。こっちはこんなに緊張したドライブはなかったのにヨ、とつなげる。

車のシートは初めのうちは心地よかったが、長く横になっていると堅くてつらかった。リクライニングしても、状況は変わらない。でも、眠ることで、その身体の痛みも少しは忘れられた。

身体の節々が、どんよりと痛かったけれど、それでも泣く気にはなれなかった。泣く時は、もう過ぎていた。彼と別れた時に、涙は涸れた。誰にも気づかれずに、泣きはらして、それで終わったのだ。

今更、誰が自分に泣いて欲しいと望んでいるのだろうか?

この私を泣かせて、きっとその人は溜飲が下がるのだろうけれど、泣けばそれで済むのだろうか?泣いて、心の中で舌を出せば、喧嘩両成敗?そんな感じで丸く収まるのだろうか。

くだらない、と思う。

自分にそんな、意固地な性格があるとは思っていなかったけれど、案外窮地に立たされると、そういうどうでもいい性格が出てくるモノだな、と思った。

朝日が昇り初めて、休憩する回数が多くなって、その度に運転手は、外に出て屈伸運動をした。私は相変わらず助手席に座ったままで、その様子を見ていた。

少し申し訳ない、と思う。彼にしてみたら、とばっちりもいい所だ。

その時初めて、きっとCDの仕事は流れてしまうんだろうな、となんとなく思った。すると、今までの主の仕事も、徒労に終わる。その上、私を守るために駆り出され、こき使われている。

だからといって、主をいたわる気持ちにもなれなかった。

ただ、人選は間違っていないと思う。偶々かもしれないけれど、彼で好かった、という気はなんとなくしていた。

 

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