学校にもルールがあるように、集団にはルールがある。人が集まれば人間関係が産まれ、関係を円滑にするためにルールが作られる。ルールを守ることで、初めて人に認められることもある。

自分で望んで飛び込んだ世界のルールだから、そのルールが理不尽だとか、おかしいとか思ったことはなかった。そのルールを守っている、みたいに強く意識したこともなかったかわりに、意識しなくても物事は前に進んでいった。

きっとルールというモノは、決める時と破る時のためにあるのだろうと思う。

恋愛禁止、というルールを決めたのは、グループの総合プロデューサーで、元テレビ局に勤めていた人で、いくつかのドラマをヒットさせた実績を持つ。時代の流行、特に女性の気に入りそうな世界観を、巧みに織り交ぜることが得意で、その辺が女性ばかりのグループを演出するのに、最適だと抜擢されたのだった。

私たちにとっては、誰よりも従うべきボスで、そして父親よりも敬愛すべき人だった。

その総合プロデューサーが、私たちを集めて最初に云ったのが、恋愛禁止、という言葉だった。彼は、その言葉の後に、これは何よりも優先する大前提、と強調した。

日本全国を席巻するアイドルを作る、というのが総合プロデューサに課せられた使命で、私たちがその原石で、私たちが上がる舞台が、アイドルと呼ばれる夢の舞台の中心地になるのだ、と結成の記者会見でぶち上げた。

辛酸をなめる数年があっても、結果的に今になると、すべては思い出の彼方で、それに見合う成功は手に入れた。総合プロデューサーは、云ったことを実現させ、名声と信用を勝ち得た。

信じる力、ということをよく云われた。その時の引き合いにも、恋愛禁止、のスローガンは好く出された。

夢を売る。それが私たちの仕事で、大事なのはどんな夢を売るのか、ということだった。

私たちが精一杯やって出来る夢は、私たちに興味を持ってくれる人たち、好感を持ってくれる人たちが求めるモノを提供することだ。彼らが求めているモノの中に、疑似恋愛は欠かせないモノで、それが幻想だと思っていても、信じたくなるモノだ、という。

それを現実のモノ、リアルなモノとして提供できれば、それは大きな価値になるはず、らしい。

そこまで来ると、私にはよくわからない。夢は夢で、現実は現実、の区別を付けるのも、大事な価値のような気がする。だけど、今の社会は、その区別を強制されるらしい。例えばテレビや、舞台を見て、そんなひとときまでなにかを強いられることに、誰も耐えられはしないのだそうだ。

 

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