普段、この部屋の主は、地方都市にあるこの部屋で暮らしている。仕事で必要な時だけ東京に来る。最近はネットのやりとりで、スタジオ・ミュージシャンといえども、実際にスタジオに集まることも少なくなっているらしい。その代わりに、この部屋の一角には防音の整った仕事部屋があって、それなりの機材が置かれていた。

東京で仕事のない時には、地元の楽器店でギター教室の講師をしている。今はそちらの方がずっと、メインになっている、と主は云っていた。

ここに着いて、最初に私は部屋の隅々を案内してもらった。奥さんは買い物に出ていて不在で、めんどくさそうに主は案内した。その時に仕事部屋も見せてもらった。リビングや、キッチンや、寝室を見て回って、最後に空き部屋に通された。

「将来子供が生まれたら、と思って用意した部屋だ」

フローリングの広々とした部屋は、家具もなくがらんとしていた。大きな窓が開いた日当たりの好い部屋で、今は洗濯物が物干しに並んでいた。

「必要なモノがあったら云ってくれよ、すぐに用意するから」

と、主は云ったけれど、そこは余りにも何もなさ過ぎた。陽が燦々と差し込んでいるのに、どこか寒々しい気がした。人気のない感触が、どうしても居心地悪かった。

「リビングでイイ」

口をとがらした私を見て、でも、と主は云った。

「ここが一番静かだし、気兼ねなく一人で居られると思ったんだけど」

私は首を何度も振って、リビングでイイ、と重ねて云った。

「でも」

主は口ごもった。私は口をとがらしたまま、その目を見た。主は、云いにくそうな表情でうつむいた。しばらくして、顔を上げた主は、なにかを決心したような強い視線で私を射抜いた。そして、はっきりとした口調で云った。

「おまえ、泣きたいんじゃないのか?」

 

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