誰かのためではなく、人前で唄ったり踊ったり話をしたりするのは、全部自分のためだった。自分らしい生き方とか、夢を現実にする努力とか、よくわからなかったけれど、チャンスを掴むためには他人より一歩前に出ることは必要だと思っていた。

サイコロを振るのはきっと自分ではないはずだったけれど、そのサイコロの目に自分がシンクロするような場所は、テレビを点ければそこにあった。だから、テレビの中に自分の居場所はあって、そこに飛び込むことは当然のことだと思っていた。

中学生の終わりに、テレビのオーディション番組に応募して、今の事務所の人にスカウトされた。高校生になると同時に上京して、レッスンを始めた。ちょうど関西から進出してきたショッピング・モールが、専用の劇場をあつらえてアイドル・グループをプロデュースすることになった。私の事務所はそこに、私をねじ込んだ。

アイドルグループのメインは選抜の六人で、私はその予備、みたいなモノで、二軍とか呼ばれていた。私の居場所は確実にそこにある、と確信出来たけれど、同じような想いを抱えた女の子が他にたくさんいることを知った。

自分の居場所でやることに不満はないのは当然で、それが決して舞台の上ではない、ダンス・スタジオでのレッスンだったり、誰かの後ろで笑っているだけだったり、スーツ姿の大人達の間でニコニコしていることだったりしても、別に何とも思わなかった。

そこにいられるだけで楽しかったし、嬉しかったし、未来を想像するだけでわくわくした。現実感が希薄でもそれを信じさせるだけのアイテムはなんとなく転がっていた。そういう同世代の女の子がたくさん居たし、そういう子達と話しているだけで、希望が持てた。

そうやって日々を過ごしているウチに、気がついたら高校を卒業して、十九歳になっていた。

 

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