国道に出ると遠回りになってしまうのだが、三好さんは誰に尋ねることなく見知った道を走る如く、先へ先へと進んでしまった。国道は夕刻の渋滞にさしかかっていて、なかなか先に進まない。財田川に架かる橋にさしかかって、びっちりと車線を埋める車の列を見て、やっと三好さんが思い出したように声を出した。

「アア、そうか、大沼の家に行かなきゃいけないんだ」

「そのつもりだったんじゃないんですか?

「遠回りだろ?こっちだと」

「どこか寄るところがあるのかな、って」

もっと早く教えてくれよ、という三好さんの口調は、そう不機嫌でもない。実際、僕らが四人集まってドライブするというのは、これが初めてなのかも知れない貴重な体験なのだ。角突き合わせて喧々諤々やっていた日々はもう遠い昔で、こうして集まることも、本当は奇跡なのかも知れない、と思う。

「今から戻っても、同じことだからそのまま行くぞ」

三好さんは後ろの席に向かってそう言った。藤木さんは、アア、と返事をしたが、上島さんの声は聞こえない。僕はチラリと振り向いて上島さんを見た。それとほぼ同時に、ああ明日菜ちゃん、と言った。手にしたスマホを耳に当て、満面の笑顔でそう云ったのだ。

「今スタジオ?ああそう、これからオレたちそっち行くからさ」

藤木とかフュージティブご一行様、と続けて、それからしばらく、やけにはしゃいだ声で上島さんはスマホの向こうと喋っていた。

その喧噪を聞いている間に、朝も見た交差点に出てきた。ここを曲がりましょう、と僕が指さすと、三好さんは訝しそうに指さす方を見た。こっち、朝曲がったんじゃねえか?と尋ねられ、僕の家はこっちです、と僕は白状した。

それからあっという間に詫間町内に入って、なんだこんなに近いんだ、と僕以外は全員が口にした。朝はお供え物を探していたから、という言い訳を噛みしめてみたが、どう考えても遠回りだったことは否定できなかった。

おまえもハッキリと教えろよ、と藤木さんが苦し紛れに言ったけれど、後の祭りだった。

町内に入ると、三好さんはすんなりと僕の家に向かい、僕の車と、妹の軽トラックが並んでいるガレージに車を駐めた。ガレージを夕日が赤く染めている。ちょうどガレージの前には建物がなく、西に向かって田畑がしばらく続いて、その向こうに低く家並みが見えているだけだった。その更に向こうは海で、夏にはちょうどその開けたところに日が沈む。

冬が終わりに近づいていてもまだ、夜は駆け足で降りてくる。陽の光と入れ替わるように、海から吹く風が冷たく僕の家に直接吹き付ける。車を降りた僕らはそれぞれ、冷え込んだ外気に首をすくめた。

玄関から中に入ると、廊下の向こうから妹の笑い声が聞こえてきた。廊下の突き当たりがダイニングで、妹が「寛ぐ場所」でもある。朝、みんなでパンを食べた場所だ。

僕がリビングに顔を出すと、妹はキッチンの反対側にあるテレビを見ていた。隣でユキちゃんが一緒になってバラエティ番組のお笑い芸人にいちいち笑い声を上げていた。

お帰り、といったのはユキちゃんの方で、妹はテレビから目を離そうとせず、ガハハガハハと笑ってばかりだった。僕はユキちゃんに、一号は?と尋ねる。

「まだ、帰ってない」

「アレ?もう仕事終わっているだろ?

今日は朝早くから出勤のシフトで、三時頃にはもう帰っているはずだ。

「厨房のおばちゃんと揉めたんだって」

ああそう、と僕は返事をしたけど、よく飲み込めなかった。栄養士の資格を持っている一号は、老人ホームの食事の世話を仕事にしていて、マネージャーとか何か肩書きが着いていたはずだ。それも含めて、仕事の内容もよくは知らない。そういう話を二人でしたことがないのだ。同じように一号も、僕の仕事にはあまり興味が無いし、知ろうともしない。

「もうすぐ帰ってくるでしょう?

ユキちゃんはオットリとした声でそう言った。僕は頷いて、玄関に引き返した。

玄関の框の前では中年男三人が身を寄せ合って待っていた。一号を拾ってそのまま、すぐに出発するつもりだったのだ。ウチに上がり込むとまた長くなりそうで、それは今はどこか煩わしかったのだ。

それでも、一号がトラブっていることを告げると、しばらく待つことになって、やっと藤木さん達は靴を脱いで上がり込んできた。

妹とユキちゃんが座っているダイニングに、いきなり男四人が現れると随分と狭く感じる。妹はテレビを見ている笑顔のまま、皆を一瞥しただけだが、ユキちゃんは立ち上がり僕らに座るように椅子を勧めた。いつもなら隣のリビングで寛ぐのだけど、半分腰が浮いている僕らは、そちらで落ち着いてしまうことに躊躇していた。

僕は藤木さん達をそこに座らせると、立ったままでスマホを取り出して一号にコールしてみた。呼び出している間に、これからスタジオに行くんだ、とそれだけユキちゃんに告げた。すると、これから?と妹が横から食いついてきた。

「夕飯はどうする?

僕の顔を見てそう尋ねる。耳元で呼び出し音は鳴っているが、なかなか繋がらない。

まだいいよ、と僕は言って他の三人を見た。ヨシタカ君がやっているうどん屋から出てそう時間は経っていない。まだ腹が減る時間でも無かった。

「うどんあるぞ?

妹が急に誇らしげにそう言った。

「昼に、二人で打ってみたんです」

横からユキちゃんが合いの手を入れる。

手打ちうどん?と尋ねたのは三好さんだ。妹が頷くと、自分で打つんだ、と感心する。

ただ僕は妹を見て顔をしかめた。随分前、明日菜ちゃんといっしょに、妹謹製の手打ちうどんを食べたが、その不味さたるや、この世のモノとも思えないモノだった。お呼ばれして気を遣わざるを得ない明日菜ちゃんも、さすがに音を上げたほどだ。

それから後、妹は何度もリベンジを期してチャレンジしたらしいが、僕はその試食を断り続けた。そこに今日はユキちゃんを巻き込んだようだ。しかし、お腹の大きなユキちゃんが出来ることと云えば、うどんを踏むぐらいだろうか?二人分の体重は何か奇跡を生むのだろうか。お腹の子供に悪影響を及ぼさないか心配だ。

「試食させてくれよ」

と何も知らない三好さんはうれしそうにそう妹に云った。上島さんも身を乗り出してその言葉に乗っかっている。藤木さんだけは、不機嫌そうな表情のまま少し腰が引けている。

僕は敢えて何も言わなかった。兄ちゃんは?と妹は俺を睨むように見たが、首を振って応えた。

うどんは別腹、と三好さんはさっき小宮さんの所でうどんを食ったことを、二人に喋った後でそう付け加えた。

どうも三好さんは、妹、そしてユキちゃんの組み合わせが、ひどく気に入っているようで、彼女たちが出す物すること、なんでも興味があるみたいだ。相変わらず妹のことを大沼の姉ちゃん、と云っているが、妹もそれを否定しようとはしない。

結局、一号には繋がらず、僕はスマホを置いて二階にベースを取りに上がった。一通り演奏に必要なものは、昨日帰ってきてからもそのままバッグの中に入れられたままで、僕は例のプロトタイプのベースといっしょに抱えて階段を降りた。

キッチンに戻ると、テーブルには四つのうどん鉢が用意されていた。僕の分も、藤木さんの分もある。妹とユキちゃんは仲良くキッチンに向かって肩を並べている。湧かした湯気が立ち上り、回した換気扇がゴウゴウ云っている。

二人がキッチンに立つと、他のどこでいるより賑やかに見える。妹までが、一緒になって包丁を動かしたり、盛りつけるのが楽しくて仕方なく見える。僕と二人でいる頃は、もっとどこか殺伐としていた。一号夫婦が転がり込んだのは、少なくとも、妹にはプラスに働いたようだ。

そのうちに、僕のスマホがコールを始めた。取ると一号からだった。

スタジオに向かうことを告げると、一号も今やっと終わったところ、とそう云った。一号の勤める老人ホームはここよりはスタジオに近い。それなら、と帰宅を待たずにそちらでピックアップすることにする。

「今からちょっとうどん食ってから行くよ」

うどん?と電話の向こうで一号が素っ頓狂な声を上げた。妹が打ったヤツ、と僕が付け加えると、鼻で笑う。そして、大丈夫?と僕に尋ねた。知らないよ、と僕は返事をしてそのまま切った。

スマホを置くと、四人分のかけうどんがテーブルに並べられた。

見た目だけは、どこにでもあるうどんと変わりが無かった。

 

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