小宮家、と書かれた墓石は、思ったほど大きくもなく、周囲に並ぶ物とあまり変わりが無かった。霊園の一角にひっそりと、といって好いほど、ありふれた墓の前で、僕らは手を合わせた。小宮一族の大きさから、もっと広い場所にドンと構えた偉容を想像していたけれど、あっけなくそれは裏切られた。

花を供え、線香の煙に巻かれながら、僕らは暫くそこで項垂れたまま、手を合わせていたけれど、やはり小宮さんの面影は、ここにも感じられない。儀礼的で終始してしまうのは、なんだか申し訳ない気がしたけれど、区切りだから、と自分に言い訳した。

霊園は最近造成されたのか、階段状に敷地がなだらかな斜面に続いていたけれど、ほとんどは空き地のままだった。それでも、山に貼り付くようにあるおかげで、下には燧灘がどこからでも見えていた。他に人影もなく、シンと静まりかえった空気に気圧されるように、僕らはお墓の前では終始無言だった。

駐車場に戻った方が、ずっと小宮さんの息吹が感じられてホッとした。おかしな感覚だと思う。

また僕らはゼットの周りに集まって、何かから解き放たれたように会話を交わし始めた。

話題はずっとクルマの話に集中した。三好さんとヨシタカ君が話題の中心で、藤木さんはそれをじっと聞いていて、上島さんは時々茶々を入れるように会話に加わった。

気がつくと、三好さんは運転席のドアを開け、中を覗き込んでいた。ナビもなく、ドリンクホルダーもない。カーステレオはカセットのままだ。僕は運転席からこの車を覗いたことがないことに気づく。助手席側に回って中を覗くと、タイムスリップしたかのように、高校生のころの気分や空気が辺りに漂い始めて驚いた。

上島さんとの偶然の再会から始まってこの所の僕は、久しぶり、という言葉を合い言葉のようにして、懐かしい人達との出逢いを繰り返していた。でも、面影は残っていても、今の姿の方に納得してしまう。だから、そんな既視感に似た感覚に囚われることはなかった。

小宮さん同様、ゼットの助手席も時が止まったようにそこにあった。僕が座っていたままの姿でフィックスしている。

シートに座ってみようか、と一瞬思ったけれど、何かそれは立ち入っては行けない領域に踏み出すような気がして躊躇した。

と、思っていたらいつの間にか三好さんが運転席に座っていた。ハンドルに手を置いて、外のヨシタカ君とあれこれ話している。

「あんまり運転させてくれなかったんだよ」

お互いイイ車に乗っていたわけじゃないけど、小宮は運転を譲らないんだよ、と悔しそうに三好さんは話した。

「運転します?

その言葉に、待ってましたとばかりに三好さんの顔がほころんだ。イイ?イイ?と何度も訊き返す。

「三好さんの車はどうするんです?

このままヨシタカ君と別れてそのまま帰る積もりを考えて、僕は助手席側から尋ねた。

「おまえ運転してくれよ」

そう言ってごそごそとズボンのポケットを探ってキーを取り出した。

俺が?と訊き返しても、もう三好さんは運転席を離れようとはしなかった。ちょっと運転させてもらうよ、と三好さんは藤木さんと上島さんに言い、それからまたハンドルに手をかけて、嬉しそうにフロントパネルを眺めた。

僕は三好さんからキーを受け取ると、そのまま藤木さんの所に向かった。やれやれ、と肩をすくめて藤木さんはクルマの方へと歩き出した。その背中に、藤木さん運転してくださいよ、と声をかけると、振り向いて何か言いかけて、また吐き出すようにため息をつくと、僕からキーを受け取った。

僕らが運転手のいない三好さんのクルマに戻ると、ゼットがうなり声を上げた。アイドリングでは物足りないのか、三好さんは少しアクセルを吹かして見せた。

藤木さんが運転席に座り、シートを調節しながら、エンジンキーを探る。僕は助手席から、ボタンじゃないですか?と云うと、ちっと、藤木さんは舌打ちした。安全運転で、と後ろから上島さんが声をかけた。振り向くと、上島さんは窓の外を見ていた。

こちらの車のエンジンが掛かると、ゼットの助手席に乗り込もうとしたヨシタカ君がこちらの方まで駆けてきた。僕が窓を下ろすと、店はすぐ近くですから、と云うと、小さく頭を下げてまたゼットの方へと戻った。藤木さんは何か言いたげだったけれど、軽く頷いて返した。

僕は窓から見下ろすようにゼットを見ていた。暫くして、ゼットはバックを始める。やけに慎重な運転だな、と思う。その割に、クラッチに馴れないのか、空ぶかしが多い。静かな霊園には不釣り合いなエンジン音だな、と思う。

やがてハンドルを切りながらバックしていったゼットは、ガクン、と大きく車体を揺らすとゆっくりと前へ走り始めた。その後ろを、ゆっくりと藤木さんは車で着いていく。

フロントガラス越しに、またゼットを見下ろす。運転は明らかにぎごちなく見える。後ろの硝子のスリットの間から、シートに座る二人の影が見えた。昔の僕と小宮さんがオーバーラップする。

僕は僅かに助手席に乗らなかったことを後悔した。三好さんが運転するなら、僕も乗っておけば好かったと思う。でも、やはりそれは、大それたことのような気がして、本気で悔やむ気にはなれなかった。

ゼットは主のいないクルマを後ろに従えて、カーブの多い道をゆっくりと下っていった。

 

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