ゼットの先導でさっき一度駐まった海岸沿いの工場まで出てきた。そこから荘内半島の方へと走っていく。やっと待ちかねたようにスピードを上げたゼットは、あの番の州で駆け抜けていった時のエンジン音を響かせた。

追いつけねぇよ、と言いながらも、三好さんは嬉しそうに追いかけていく。そういえば、僕はクルマに関して聞き役だったけれど、三好さんはそういう意味では小宮さんと話の合う唯一のメンバーだった。車の雑誌を間に、あれはいいとか、コレはどうだとか、良く話をしていた。

ベーシストとドラマーという関係が、自ずと二人でユニットのような一つのパートに融合していた。僕らも、それぞれと個人的な存在よりも、リズム隊、として二人を一緒くたにして見ていた。それぞれのエピソードが、実はどちらのエピソードか曖昧なことも多かった。

僕はそこにぶら下がって、フロントマンである恵子さんや藤木さんの背中を見ていた。それが僕が一番しっくりいくフュージティブの光景だった。

自分のことに一生懸命すぎて、小宮さんと三好さんがどうやってその仲を築いていったのかは、聞いたことはなかった。でも僕が参加した時にはもう、二人はワンセットで、気がつくと一緒にいて、それが当たり前だった。

ゼットを追いかける三好さんの表情は、あの頃の二人の仲を思い起こさせるように晴れやかに輝いていた。

心地よく走ることの出来る道は、荘内半島の周囲をめぐる道に入ると、急に細くなってしまう。アップダウンが頻繁になり、オマケにブラインド・コーナーが続く。またゼットは窮屈そうにスピードを落として、やがて途中で折れて上り坂へ続く道へと入っていく。その道はまた更に細く、急なコーナーばかりだった。

しばらく上っていくとアスファルトの敷かれた広場が見えた。入り口に霊園の名前が書かれた看板があった。広場は真新しい駐車場になっていて、引かれた白線がまだクッキリとアスファルトの上に浮かび上がっていた。

ゼットの隣に三好さんは並べて車を駐めた。エンジンを切るのももどかしく、車の外に出てゼットに駆け寄る。僕らもそれに続いた。

確認するように、小宮のだよな、と三好さんは尋ねた。運転席から降りてきたヨシタカ君は、そうですよ、あの時のままです、と自慢げに応えた。

「よく走っているよな、もうクラシックカーだろ?

「一度レストアしてますけど、基本あの頃と変わりないですよ。部品がないものはどうしようもなかったですけど」

「走っているのが奇跡だよ」

三好さんはなだらかにフロントグリルへと落ちていくボンネットを撫でた。

「兄貴の車は、コレ二台目なんですよ」

そうなの?と三好さんは驚いた顔をした。

「免許取ったばかりの時、発売されたばかりの真っ赤なあの角目のゼットを買ったんですよ。でも、買って三日目でボディを真っ二つにする事故、やっちゃって。アニキは奇跡的に無事だったんですけど、車は廃車で」

小宮さんは漁船に乗ったり、市場でアルバイトしたりしてそのゼットを買ったそうだ。しかし、事故の後手元に残った金で買えるのは、一世代前の中古のゼットでしかなく、廃車になった方のローンを払いながら、そのボロボロのゼットを必死で乗り回していたらしい。

「だから、元々の持ち主から数えたら、確かに走っているのが不思議なんですけど」

彼は一度ハハハと笑うと、三好さんの手の後をなぞるように、ボンネットを撫でた。

「正直言って、俺には音楽のことは良く分からないんです。だけど、こいつは何となく、俺にとって身近なアニキの息づかいっていうか、今でもこのエンジン音を聞きながら走っていると、アニキと会話しながら走っているような気がするんですよ」

ベースは形見分けが叶ったから、と彼は僕の方を向いて笑った。

「もう長くは乗れないんでしょうけど」

抗えない時の流れをかみしめるように、彼は沈んだ表情を一瞬見せた。

それから暫く、僕らはゼットの姿を見下ろしていた。小宮さんの家よりも標高が高く、海にも近い。駐車場を吹き抜ける風は、冬のまま冷たく肌を撫でた。それに合わせて周囲の木々が騒ぐ。吹き抜けると、凍えた声で木々の枝は啼いた。

それでも快晴の空から降り注ぐ陽光に照らされているゼットの姿を、僕らは飽きることなく見続けることが出来た。その向こうに、在りし日の姿を思い浮かべながら、未だに呼吸をし続けているエンジンを視線で慈しむ。

そろそろ、と藤木さんが促すように言って、僕は我に返った。ヨシタカ君は開いたままの運転席のドアから身体を伸ばして、助手席に乗せた花束と紙袋を持つと、再び扉を閉めた。

三好さんが僕の方を向いて、おまえも、と声をかける。

「おまえの姉ちゃんが花壇から摘んできてくれた花」

といってクルマの方を顎でしゃくる。

「妹ですよ」

僕はそう言い返して三好さんの車に戻った。

 

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