僕らが遠回りをしたのは、これから行く先への手土産を買う為だった。コンビニで済まそう、と上島さんが言うのを、三好さんが久しぶりなんだから、そんな何処でも売っているようなもんじゃダメだよ、と強く否定した。そう、悦子さんに言いつけられた、と後になって白状した。

かといって、いわゆる銘菓のようなモノが、直ぐに僕らの頭には浮かばなかった。代わりに、この近くには何々といううどん屋があって、という話ばかりが出てきて、帰りに寄ろうぜ、と云っている間に丸亀の旧国道を行ったり来たりしていた。

それで、思いついたのが琴平にある、美術館が併設された和菓子屋だった。テレビでもコマーシャルしている、香川では有名なまんじゅうのある店だ。

そこへ赴いてから本来の目的地を目指すのに、ルートを多少誤った。まだ僕の家に一度戻った方がずっと近かった。三好さんの車にナビは着いてなかったから、看板に導かれるまま、ただ西を目指してしまったのだ。

僕らはこれから、西に広がる海沿いにある、小宮さんの墓参りに行く。

昨日のミーティングの最後に、藤木さんがこんな風に言った。

「葬式以来、行ってないだろ。小宮の所にちゃんと再結成の報告っていうか、あいつに断り入れとかないと、再結成できないだろう」

すでに藤木さんは小宮さんの実家に連絡を入れていた。日曜日に仏壇を拝ませて欲しい、と電話に出た小宮さんの弟に告げると、電話口で彼はありがとうございます、と涙声で応えたらしい。その真意をはっきりとは藤木さんは計りかねたけれど、長い間逢わずにいた自分をいくらか責めた。

おそらく藤木さんは、現実を認めたくなかったのだろう。

小宮さんの死は、友人の死というだけでなく、フュージティブの終わりを意味していた。そのことを、受け入れたくはなかったのだと、僕は今になって分かる。

同じように僕らだって、小宮さんの死は、心の中の箱に閉じ込めて見ないようにしていた。それがどんなに不義理なことだと分かっていても、あれこれ理由を付けてそっとそのまま、触れずにいたのだ。

だから、藤木さんの言葉を拒否する者は居なかった。少なくとも、今回参加するフュージティブのオリジナルメンバーは、皆同意した。藤木さんもその四人で行くことを望んだ。

明日菜ちゃんも一緒に行きたがったけれど、コレはオレたちの禊ぎみたいなモノだから、と藤木さんは笑って断った。

別に四人で墓参りに行くことにしたのは、明日菜ちゃんには聞かせられないような猥談をする為ではなかったはずだけど、何故か、車の中はやっぱり、誰のセックスを覗きたいか、というような話に終始していた。

恵子さんか悦子さんのどちらかを議論していたのが、いつの間にか美麗ちゃんか明日菜ちゃんか、に対象が変わり、ではどちらがカメラをセットしやすいか、という話で結論を探ろうとしている。当人達の意向はこの際横に置いて、技術的な面を検討する。

三好さんは、彼氏に頼めるだけ、明日菜ちゃんの方が実現可能だ、ということを熱心に語っていると、狭いカーブの向こうから飛び出てきた対向車に気づくのが遅れて、危うくぶつかりそうになった。

タイヤが軋んで、後ろの藤木さんがシートを転がる。何故か上島さんは、嬉しそうに歓声を上げた。いくらか動揺しているのか、スピードを緩めて、シートベルトしていたか?と三好さんは僕に尋ねる。

下り坂をまた下り始めて、藤木さんがシートに座り直すまでは、無言だった。でも、今の衝撃で思い出したんだけど、ととってつけたように上島さんが言う。

「昨日の美穂ちゃんの方が、ずっと現実的って言えば、現実的じゃない?

美穂ちゃんというのは、藤木さんが最終兵器、と連れてきた国民的アイドルの芸名だ。

「そっちの方が、一番現実から遠いですよ、相手は芸能人ですよ」

思わず反論が、僕の口を突いて出た。

「でも、藤木の愛人だろ?

バカ、と今度は藤木さんが即座に否定する。

「あいつの冗談だよ、冗談」

でも、何処で聞いたのか、その国民的アイドルは、藤木さんのことをタッチャンと呼んだ。僕が今まで藤木さんのことをタッチャンと呼ぶのは、恵子さんしか知らななかった。知り合った時から恵子さんは、タッチャンと呼んでいたけれど、他の誰もそれを真似しようとは思わなかった。

些細なことだが、その一言は否が応にも二人の関係を勘ぐりたくなる結果を呼んだ。恵子さんの代わりといって、わざわざ東京から連れてきた、その意図がまだ明確には僕らには分からなかったのだ。

それでなくても、国民的アイドルを目の前にして、僕らは一様に唖然としてしまっていた。そこへ愛人発言が重なり、今度はリアクションに困惑して何も言えなくなった。

バカなこと言うなよ、と即座に否定した藤木さんは、国民的アイドルの背中を小突いた。まぁ、説明するから座れよ、とパイプ椅子を取って横に並べる。藤木さんと国民的アイドルが並び、相対するように僕らがズラッと並んでいる。何か、ちょっとした記者会見のような体裁が整った。

紹介するまでもないよな、と云って藤木さんは先に話を始めようとした。あら、タッチャン、それってひどくない?とその時彼女の口から、タッチャンという言葉が出た。フュージティブのオリジナルメンバーは、更に口を閉ざしてしまった。

「こいつにはちょっとした借りがあるんだ。だから今回、ウチのライブで歌ってもらうことにしたんだ。事務所も了解している」

借りって、と上島さんが呟く。僕には思い当たる節がある。

「もしかして、藤木さんがあの時のスキャンダル・・・」

と言いかけて僕は、ハッとした。当の本人の前で、さすがにスキャンダルをあからさまに語れない。僕らは一般人の感覚で、普段は芸能人を玩具にしているけれど、本人を目の前にしてもその距離感は抜けない。だから、友達に喋る感覚で、つい、彼女の傷を抉ってしまいそうになる。

「そうだよ、こいつが事件を起こした時、俺がこいつを匿っていたんだよ」

「事件って、タッチャン、ひどーい」

国民的アイドルは甘えたような声音で、そう言った。

事件というのは数年前、彼女の元カレが、写真週刊誌に付き合っていた当時のケータイで撮った写真や、ベッドの上の恥ずかしい写真を暴露した、というモノだ。彼女が属している国民的アイドルグループは、お決まりの恋愛禁止を掲げていて、裏切り者だ、スキャンダルだと、マスコミを賑わせた。ワイドショーなんてまったく興味の無い僕でも、ネットにその手の話題が出ているのに触れたぐらいだから、結構な騒ぎにはなっていた。

世間が騒いでいる間、彼女は一切表に出ず、気がついたら別のグループに移籍していた。それが幕引きとなって以降、あっという間に騒ぎは収束した。次にテレビに現れた時、その結末を象徴するように髪をベリーショートにしていたのが、ちょっと話題に上った。でもそれからの彼女は、サバサバと開き直ったようなキャラを前面に出して、何事もなかったようにまたテレビの画面を彩っていた。その突き抜け方が新たなファンを獲得して、以前と変わらぬ人気を保っていた。

確かに、彼女が僕らのライブに出ることになれば、それは結構話題になるはずだ。スキャンダルをもう誰も思い出さないだろうけれど、人気者であるのに変わりは無い。

「こいつは客寄せパンダだ。一番最初、一曲目はこいつのボーカルで行く」

そう言って藤木さんは新しい紙をみんな配った。

それはステージの構成表だった。

今回のライブには、いくつかのバンドをゲストに呼ぶ。それに加えて、そのライブ限定でセッションのような形でユニットを組んで演奏する。例えば、僕と一号は、高松の商店街で毎週金曜日の夜、スナックの客寄せに路上で歌っている、そのユニットもラインナップに加わっている。僕の今の中心となる活動ユニットなのだけど、そこに明日菜ちゃんが加わって何曲かやる。そこにまた上島さんがピアノで参加して、今度は一号が抜けて美麗ちゃんが加わって、という感じで入れ替わり立ち替わり、いろんなメンバーで音を重ねてみるのだ。

その辺の構成を、藤木さんは既に考えていた。さんざん今までセッションの構想等は話し合ったし、藤木さんの前で演奏して見せたこともある。その辺を取捨選択して、藤木さんは誰の後に、このバンド、という感じで割り振っていたのだ。

ゲストのバンドや、ユニットに関してはバンド名と、参加メンバーが書かれているだけだけど、フュージティブに関しては、セットリストがしっかりと書かれていた。

そのリストが、やけにびっしり詰まっている。よく見ると、間に休憩があって、大まかに三つの部に分かれていた。

「コレ、夜通しやるのか?

三好さんが素っ頓狂な声を出す。でも、その響きはみんなを過不足無く代表している。みっちりと曲が詰まったステージは、どう考えても長時間に及ぶモノだった。体力的なことがまず頭に浮かぶ。

「昼からやんるんだよ」

藤木さんは即座に答えた。

「今回は明日菜ちゃんの卒業ライブだ。だから客層は高校生が中心だろ?夜に未成年をうろつかせるわけにはいかんだろ?だから、昼間の三時ぐらいから開演するんだ」

今回のライブは、浜街道沿いにあるショッピングモールの一角に、新しく出来たライブ・ハウスが会場になっている。普段はレストランとして営業しているが、大きなステージを備えていて、テーブルを取っ払えば、直ぐにオールスタンディングのライブハウスにすることが出来る。営業を始めたばかりで、オープニングイベントにプロのミュージシャンを呼んだ公演のポスターを彼方此方で見かける。

僕らのライブもその端っこに引っかかっていて、会場としては試行錯誤の一環で、どんなことが出来るのか試す意味もあるらしい。その箱に僕らを強く推したのは、僕らが集まっているミーティングスペースの責任者だった。元々大学時代のフュージティブを手伝ってくれていたスタッフの一人で、昔のライブは必ず彼が袖にいて、機材のトラブル等にも直ぐに対処してくれた。

今回フュージティブが再結成するのを聞きつけて、ウチの全勢力を上げてバックアップします、と申し出てくれた。かなり早い段階から藤木さんとも連携してあれこれと構想を練っていて、ライブの構成に関しても打ち合わせ済みなんだという。もちろん、開演時間も含めて、会場の方にも了解は取れているということだ。

目論見として、藤木さんと一緒になって、今後のフュージティブでまた大きな波を起こしたい、というようなことを考えているようだ。その試金石が今回のライブだ、ということなのだ。

藤木さんに関わると、いつもそうだったけれど、僕はいつも着いていく側で、あっという間に置き去りにされている。必死に追いつこうともがくことで、僕自身は常にドライブするのだ。今回も、いつの間にか話がどんどん大きくなっている気がする。近くの公民館を借りて、パッとライブをやって終わり、という程度しか考えていなかったのに、もう香川で有数の一大イベント並みに、少なくとも藤木さん周辺は盛り上がっている。

それを自ら証明するような秘密兵器と化した国民的アイドルも、構成表を真剣な眼差しで見ている。

「高校生を前に、いきなりこいつが出てくるんだ。みんな驚いて、ツイートだの、メールだのって拡散するだろ?それで三々五々、当日券の客が集まってくる。そこでオレたちが満を持して登場して、コレがフュージティブだ、っていうのを見せつけてやるんだよ」

藤木さんはどうだ、と言わんばかりに笑って見せた。姑息だけど、有効な手段ではあるな、と納得した。

「だから第一部は、高校生セクションだ。美麗ちゃんもここに出る。明日菜ちゃんのバンドもここで出演することになる」

高校生バンドや、例の美麗ちゃんの吹奏楽部有志とのセッションもリストアップされている。それを挟むようにフュージティブのセットリストが並んでいた。

ただ、そこに並んでいる曲目は、僕らのオリジナルではなかった。特に国民的アイドルで度肝を抜く為の最初の三曲は、僕の知らないタイトルだった。

「最初はカバーか?

三好さんが尋ねる。藤木さんはそうだ、と頷く。

「こいつにオレたちの歌は歌わせねぇよ」

そう藤木さんが言うと、えー、ひどーい、とまた甘えた声で国民的アイドルが声を上げた。その声音や、仕草がどこか演劇じみている。そのことが少しずつ、僕らの耳をくすぐった。

「フュージティブの音ってマニアックだろ?だから高校生向きじゃないような気がするんだよ。それに冗談ではなく、もっと派手な音の方が、ずっとこいつには合っている気がするんだ」

その言葉に僕は納得したけれど、気がつくと、また仕事が増えたことに気づく。聴いたこともない曲を三曲、更にコピーしなくてはいけない。

「それから、こいつはこう見えて売れっ子だから、バンドで合わせられるのは、本番の二日前と、当日の朝しかないんだ。それもあって、この曲目にしたんだ」

ワタシ、と国民的アイドルが、急に真面目な顔をして藤木さんの着ているセーターの袖を引っ張った。

「生のロックバンドで歌うの初めてなんだけど」

「知ってるよ。ホントなら・・・」

といって急に藤木さんが口ごもった。

代わりに国民的アイドルが、あの時、ソロデビューできてたらねぇ、と同意を求めるように語尾を伸ばした。あの時とはおそらくスキャンダルの時のことだろう。それぐらいは直ぐに予想がついた。

「今回はリベンジだ。上手くいけば、次はウチのオリジナルを歌わせてやるよ」

リベンジね?といった国民的アイドルの表情はほころんでいたが、どうも造作がかって見えた。直ぐにその笑顔は、いくらか崩れ、借りじゃなかったの?と聞き直す。

「俺がちゃんとギターを弾くんだから、どっちでもイイじゃねぇか」

藤木さんはそう言うと、話を無理矢理切り上げるように、それで第二部だけど、と僕らの方に向き直った。

 

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