上島さんの事件を僕が知ったのは、去年のクリスマス前、瓦町の居酒屋にセッションで再会した連中が集まった時だ。セッションに参加したのは僕の人脈から派生して、かなり広範囲に広がっていた。だから、男達ばかりが集まるとそれはもうちょっとした集会だった。

その日は明日菜ちゃんに贈るクリスマス・プレゼントを、皆でパーツを持ち寄って作るオリジナル・ギターにしようということになっていて、その完成披露をするのが目的だった。セッションは僕がセッティングしたが、その中心には女子高校生ギタリストが強力な接着剤として機能していた。皆、彼女の魅力に惹き寄せられた、と周囲に言い訳することで、かつて優を誇ったというノスタルジーに公然と浸っていたのだ。

その席上で見る間に卒業ライブはフュージティブの再結成ライブへとシフトしていった。そこには、恵子さんともう一人、かつてベースを弾いていたメンバー以外、フュージティブに関わった者がほとんど集まっていた。ぼくらメンバーだけでなく、ローディーのような面倒を引き受けてくれていた者から、対バンでいつも一緒になっていたバンドまで、その気になって繋がりを辿れば結構すんなりとヨリを戻すことが出来たのだ。

その彼らが熱望していたのは、フュージティブの再結成だったのだ。

ただ、かつてベースを弾いていたメンバーは、もう鬼籍に入ってもうこの世にはいなかった。フュージティブはそのために、明日菜ちゃんを新メンバーとして迎え、ギタリストだった僕がベースを弾くということで落ち着いた。

当然、残るのは恵子さんだった。

誰からともなく、なぜここに恵子がいない、と云いだし、なぜかその矛先は僕に向いていた。

そこで真相を知る上島さんが、自分の起こした事件についてしゃべり始めた。長いこと付き合っていた女の子に非道いことをしたんだ、とその時だけは珍しく、神妙な顔をして話を続けた。

一昨年再会した当時、上島さんは風俗店の店長をしていて、僕はその話を聞いてやっと合点がいったのだった。軽薄な所があっても、面倒見のいい上島さんは、確か大学卒業と同時に関西の方の普通の企業の営業の職に就いたはずだった。それが再会した時、堅気とは言いがたい職に就いていたのが、僕には腑に落ちなかったのだ。

ひと通り事件のいきさつ、と云うよりほぼ結果と服役トリビアを長々と披露された後、藤木さんが引き継いで、それで恵子がこいつと縁を切ったんだよ、と告げた。もうそれで、ほぼ、皆が納得した。

それでも、諦めるという結論には至らなかった。まだ時間があるんだから、説得すればいい、とそれもまたなぜか僕に矛先が向いた。

藤木さん、夫婦なんだから自分でやってくださいよ、と僕が言うと、俺が試してないとでも思うか?と睨まれた。

「再結成はともかく、俺は上島ともう一度音を出したい、って云ってみたんだ。そしたらあいつ、それから一週間、口をきいてくれなかったんだぜ」

その時、僕は今そこにいない恵子さんの胸に、砂漠の華が咲いているのを一瞬、見てしまった。

「理由を聞いても、教えてくれないんだ。まぁ、上島の事件が新聞に載って、その時に非道く怒っていたのを知っているから、そういう反応するのは判っているんだけど、本質的に何があるのかは、俺にも判らないんだ」

正確には、言わなくても判るでしょ、と藤木さんは恵子さんに言われ、わかんねーよ、とは返せなかったらしい。

それで、藤木さんと恵子さんがセッションに加わった時、それまで皆勤賞だった上島さんが逃げるようにして不参加だったのにもやっと納得した。僕はもっと別の、あってはならない理由を想像していたのだけど、それではなくて少しホッとした。

「藤木さんがダメなモノは、俺だったらなおさらですよ」

といくらか抵抗したが、後はもう酔いに任せて僕の責任で恵子さんを引っ張ってくる役を押しつけられてしまった。

結局の所、上島さんの事件が理由、というのは判るけれど、ではその事件の何に怒っているのかは、判らないままだった。その辺に突破口があるのかもしれない、と少しは希望を紡いでみたけれど、頭の切れる恵子さんを知っているだけに、得体の知れぬ不安に囚われて、それはどうしようもなく無理難題に思えた。安請け合いして良いものではない、と直感したけれど、逆らえる立場でもない。

「もしダメだったら、どうしますか」

僕はおそるおそる藤木さんに訊いた。藤木さんは僕の肩をぽんと一つ叩いて、酔いの回った真っ赤な顔のまま口の端を歪めて笑った。

「おまえを香東川に沈める」

覚悟しておけ、と続けて、後は僕の抗議など一切受け付けようとはしなかった。

 

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