昨夜届いた藤木さんのメールの出だしは、一応僕が恵子さんに会うことを気遣う言葉から始まっていた。藤木さんはもちろん、恵子さんがあまり会いたがっていないことを知っているし、僕がどうしてももう一度会いたがっていることも知っている。そして、そこに藤木さんが同席出来ない理由もわかっている。唯一知らないのは、モモちゃんの不機嫌さぐらいだ。

というより、藤木さんはきっと音楽上の繋がりの全くないモモちゃんにまで、気が回らないのだろう。あまり逢ったこともないし、もしかすると顔も良く覚えていないかもしれない。元々気配りに長けている人でもないし、それだけ、ライブに夢中になって周りが見えなくなっている。というより、熱中していることを言い訳に、ここぞとばかりに我が儘に振る舞っているのかもしれない。

そのことを象徴するように、後はよろしく頼む、とどうでも好いことのように冒頭の言葉を終えると、さて明日だが、と来た。ライブに出演依頼したバンドを見に行くぞ、と続いて、翌日の昼間の時間を指定してメールは終わっていた。

僕は慌てて藤木さんに直接コールを入れた。何度コールしても直ぐには出ず、一度切って一呼吸於いてまたかけ直したが結局繋がらなかった。それから何度も繋げようとしたが叶わず、諦めて朝になってやっと藤木さんと話が出来た。

その時点で、今日は行けません、という話が通じる人ではなかった。一応メールは入れて於いたが、人と会う約束がある、と付け加えておいても、どうせデートだろう、と相手にされなかった。それならば、彼女連れてこいよ、で終わりだったのだ。後はそのバンドと直接会う理由を延々と聞かされた。

そして最後になって、まぁ、おまえも色々あるかもしれないけど、おまえだってフュージティブの再結成だけは成功させたいだろ?だからライブのある三月までは我慢してくれよ、と言った後は無言の威圧で押し切られてしまった。

モモちゃんとは昼前に待ち合わせしていて、モモちゃんが見つけたシチューのおいしい洋食屋でお昼を取ることになっていた。そこから池田経由で徳島市内まで出て、海沿いをドライブするのがその日のルートだった。

待ち合わせ前に藤木さんの話を出すと、デート自体が壊れてしまいそうな気がして、結局藤木さんの話は顔を合わせるまで伏せておいた。恵子さんとの会合の理由も消えてしまうのも恐れていた。つまりは僕は、やはり藤木さんに従ってデートよりもバンドの用事をその時点で優先したわけだ。

それでもモモちゃんには会いたかったのだ。多少モモちゃんに甘えていた部分もある。

予定した洋食屋で注文をし終えてから、僕はやっと、実は、と突然降って湧いた予定を切り出した。話を聞き終わらないうちにみるみるモモちゃんの表情は曇り、最後には呆れたような表情で一瞥されると、後はもう無愛想が顔に張り付いてしまった。

そんなモモちゃんを連れて僕は、一日藤木家の人間と行動を共にしたのだった。藤木さんとは、土器川の河口近くにある、今回ライブを手伝ってくれる音響屋の倉庫で待ち合わせをした。そこから綾川の楽器屋のスタジオで上島さんと合流することになっていたのだが、僕の車の助手席に藤木さんが当たり前の顔して乗り込んできた。自然とモモちゃんは後部座席に追いやられてしまったのだ。

そして、綾川のスタジオで練習をする上島さんの知り合いというバンドの練習を覗いて、そのままイオンのフードコートで雑談して、終わるともう夕方、日も暮れていた。倉庫にクルマを止めたままの藤木さんは、僕にまたそちらへ送っていけ、と言いかけたが、そこは何とか上島さんが気を利かせてくれて助かった。

ただ、それは後になって知ったことだが、上島さんのクルマはそのまま僕のいないわが家へと向かったらしい。妹と一号夫妻相手に遅くまで賑やかにやっていたのだと、家に帰ってから一号に教えられた。

一方の僕らはというと、藤木さんと別れて次に恵子さんとの待ち合わせまで時間はもう残っていなかった。まるで示し合わせたように、そのまま高松市内へと出るとちょうどいい時間だったのだ。

藤木さんと会ってからずっと、僕は彼らの相手をし、同時にモモちゃんとの間の通訳の役割をこなさなければならなかった。何とか会話の中にモモちゃんも交わらせて、彼女を飽きさせないように努力したつもりだったが、もうほとんど僕が一人で一方的に喋るのに終始した。つまらない、と今にも叫び出しそうな表情のモモちゃんは、一言も喋ろうとはしなかった。

それでも、一応今の僕の状況や、藤木さん達との関係を知っている彼女は、彼らに対しては愛想笑いぐらいは浮かべてくれた。それぐらいの常識、といって押しつけていいものかどうかは判らないけれど、最低限の気遣いだけはかろうじて残しておいてくれたのだ。

結局、恵子さんに会いに行く間、僕は藤木さんの言葉を繰り返すしかなかった。今は色々あるけれど、三月までの我慢だから、何とか機嫌直してよ。モモちゃんはそれでもその時は、ハイハイ、と自棄に塗れた口調で返事をしてくれていた。

恵子さんとは早めに切り上げるからさ、と僕は最後に言ったが、やはり、ハイハイ、と返されるだけだった。

 

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