モモちゃんとは、去年の春、僕の小指と引き替えに知り合った。職場で小指の先を切断する大けがを負った時、応対してくれた看護師がモモちゃんだった。駆け込んだ大きな総合病院の救急から外科までずっと付き添ってくれて、その後通院するようになってもずっと僕を担当してくれた。直ぐに打ち解けて話せるようになって、鳴門へのドライブに誘って、そのまま僕の彼女の位置に納まった。

僕は半分以上恋愛を忘れていた四十手前の実家通いの独り者で、モモちゃんは外科病棟では独身者の中で一番年上だった。運命的、というのはあまりにロマンチックに過ぎるけれど、初めて逢った時から何となく、収まる所に追い込まれていくような不思議な感覚があって、お互いの現状を話題に出す度に、予定される未来というものを紡いでいくような、そんな気がした。

だから、二人とも無言のウチに、そろそろ将来のことを考える準備を整えていて、それだけ執着も感じていた。少なくとも僕は、モモちゃんを失うときっと、もうこんなチャンスは訪れないんだろうな、とは思っていて、だからなるべく慎重に、モモちゃんとの付き合いを進めているつもりだった。

それでも綻びはいつの間にか見えない所で顔を出していて、今日みたいにそれもまた用意されたように、ダメ押しをするのだ。

今日は久しぶりにモモちゃんの休みが取れた貴重な日曜日だった。世間の波に押されて週休二日を無理矢理実行している僕の仕事場と違って、看護師の休みは不規則だ。入院病棟のある総合病院に勤めているベテランともなると、一日通して二人でいられる機会は本当に少ない。

今年の正月も、モモちゃんが休みを取れず、二人で行く初詣はずっとお預けになっていた。松の内は過ぎてしまったが、今日は朝からは日和佐の方へ初詣へ行こう、と計画していた。

その計画段階で、夜には人と会う約束が既に入っていた。昔一緒にやっていたバンドで歌をうたっていた恵子さんと会うことになっていたのだった。この冬、恵子さんに会うのは二度目で、恵子さん自身はもう一度で充分、と思っていたのを、僕がやや強引に誘ったのだ。

一度目に逢った時、僕に彼女が出来た、という話をして、恵子さんが一度紹介して、と社交辞令的に云ったのを、僕は耳聡く覚えていて、モモちゃんを紹介する、という口実でアポイントを取り付けたのだった。モモちゃんが休みを取れたのは偶然だったし、本当にモモちゃんは口実だったんだけど、結果恵子さんにモモちゃんを紹介することになった。

その三人での食事会を、さっき終えたばかりだった。

モモちゃんは最初から気乗りしていなかった。せっかくの二人きりの休日、というものが、どれほど貴重なのか。しかもその予定には初めて逢う見知らぬ女性の名前が出てくる。年相応に嫉妬深さを備えているのモモちゃんが、いい顔をするわけはない。

それが実際に逢って、自分が口実に使われたことを知って、もうほとんどその後の不機嫌さは固定してしまった。僕はどうしても恵子さんとは会わなくてはならず、その理由も一応モモちゃんは知っているのだが、それでも納得はしていなかったのだ。

それでも、恵子さんとの会食だけならまだ、口をきいてくれないほどではなかったかもしれない。逆にさんざん愚痴を聞くハメにはなったかもしれないけれど、まだ、そっちの方がマシだった。

モモちゃんの不機嫌の種は、それより前、既に今日の朝から彼女の元に突然落ちてきた。

 

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