冬の夜の浜街道にはクルマの影もまばらで、香西のイオンを過ぎると急に寂しくなる。人家の明かりも闇に沈んで、遠くの赤信号だけが目を射す。球場のある運動公園へ折れる交差点で、それに捕まると、向かう先にはやや上り坂になっているはずだが、溶けてしまいそうな暗がりが広がるばかり。出来たばかりの角のコンビニだけがやけに気を吐いて、明かりをまき散らしている。

対向車も、後続車もなく、目の前を一台の軽自動車が横切っていっただけだ。

サンポートの地下駐車場からここへ辿り着く十何分か、助手席に座るモモちゃんは一言も喋らず、ずっと窓の向こうを見ていた。フロントガラスではなく、助手席側のドアガラスの向こうだ。

高松から坂出へ抜けるルートでは、そちらは山側で、ただでさえひっそりとしている景色に何のおもしろみもない。まだ運転席側か、あるいは逆のルートならば、これから上る五色台トンネルへ続く道から、瀬戸内海が見下ろせる。夜でも点在する漁り火や、島の明かりが見えるはずで、上手くいけば、鷲羽山の観覧車、そして瀬戸大橋のライトもいくらかは見栄えがするはずだ。

それでもモモちゃんはガラス窓から目をはずそうとはしない。明らかに不機嫌で、おそらくはそれを通り越して怒っている。駐車場を出る時に、これからどうする?と尋ねた時に全く返事をしてくれず、僕は彼女の不機嫌を悟った。

本当は、こうなる結果はうすうすは感じていて、その日一日の結末に、暗澹たる思いを抱えることは僕のなかでも予想は出来ていたのだ。だから、それを回避出来る希望にすがりついて、いくつかの手配を回していたのだが、全く役には立たなかった。

サンポートのタワーの最上階から地下の駐車場へ降りていくエレベーターの中まで、僕は最後のあがきを試みてみたが、やはりモモちゃんには通じず、その時不図、僕は砂漠の華を思い浮かべた。

浜街道へ出る駐車場の出口で信号に引っかかって、僕はブレーキを踏むと共に助手席のモモちゃんを見やった。ぷっくりとふくれたほっぺに無表情が張り付いていて、それは敢えて無理矢理、そこに不機嫌の化粧を施しているように見えた。それがすっかり板について、おそらくはモモちゃん自身にももうどうすることも出来ないのだろう。

逃げるように視線を落とすと、毛脚の長い白のセーターを盛り上げて自己主張するその胸に視線が止まった。

そこにあのトゲトゲとしたサンドイエローの石を見た気がした。

触ればきっと怪我をする。

でも触らないわけにはいかない。触らないと、僕はまたしても情けない夜、という実績を積み重ねることになる。年明けからずっと、僕はその失敗を様々な形で積み重ねている。いろいろなことが、上手くいかずに怒られたり飽きられたり。気分は沈むばかりで、今夜はそれに追い打ちを掛けそうだ。

フロントガラスに雨粒が落ちてきた。今日は昼の内から冷たい風が吹いていて、一日中曇り空が続いた。天気予報では、明日には太平洋側の平地でも雪になる、と騒いでいたのを思い出す。早くモモちゃんを送っていかないと、やっかいさは増すかもしれない。

でも、このままモモちゃんを不機嫌なまま帰していいものかどうか、良くないのは判っていても、僕はそのなす術の欠片も見いだせなかった。

 

前へ 次へ