ザブン、という派手な音がして、我に返ると、目の前で明日菜ちゃんが湯船に、仰向けに沈んでいた。滑り落ちたのか、自分で勢いを着けたのか分からないが、水しぶきを上げながら尻から湯に滑り込んでいた。肩の辺りまで浸かると、自然と手が着くのだけど、彼女は顔の下半分まで湯面の下に消した。

今度はブーッ、と息を吐きながら上半身を起こすと、何度も何度も顔を手で拭った。一連の動作のおかげで、また彼女の周りには湯煙がもうもうと立ち上った。取りあえず、騒々しい女の子だと思うけれど、そういう年頃なのかもしれない、と思う。

一段落すると、さっきまでのぼせると躊躇っていたのに、心地よさそうな顔をしてゆったりと足を延ばした。何とも言えない、力の抜けた柔らかな笑顔になって、さっきオレがしていたように、ささやかなさざ波に身体を預けて漂った。

水面が揺れて、彼女の白い肌の輪郭が変化するのが、やたらとオレの目にはエロチックに映る。無垢故の無防備が、仕草一つ一つの意味を誤解させる。彼女はそのまま身体を半回転させて、浴槽の縁で手を組んでそのまま顎を乗せる。すると、たっぷりと締まった肉の丘が二つ、湯面からひょっこり顔を出した。

「熱いのはヤだけど、こうやって足を伸ばせるのはイイなぁ」

彼女はそう独り言を言う。

「家のお風呂は狭いけど、温めのお湯でゆっくり入るの。そしていろんなことを想像するのがけっこう楽しみ」

言い終わって彼女はオレを見る。返事を期待して、じっと見つめられる。

「エッチなこと?」

オレが応えると、イヤだぁ、といって彼女はそっぽを向いた。そしてまた、身体を回転させて、仰向けになると、今度は上半身を起こして背中を湯船の縁にもたせかけた。

「ライブのこととか、ギターのこととか想像する。お風呂で聴けるプレーヤーを持ち込んでいるから、それを聴きながら自分がステージに立っているところを思い浮かべていると、いつの間にか長風呂になっちゃうんだから」

ああ、オレにもそういう時期があったな、となんだか懐かしい気分になった。今でも時々、自分がピアノを弾いているところを頭に描くことはあるけれど、もっと現実的で生々しい。プレイを純粋に想像することはあまり無い。プレイの後のくだらない妄想の方に、ずっと重点が置かれている。

「今はもう、卒業ライブのことばっかりですよ。あの話、進んでます?」

進んでいるよ、とオレは即答した。恵子のこと以外、実際に計画はけっこうなスピードで固まっていた。

「今はちょうどイイ小屋を探しているんだ。集客がどれくらいになるか、算段を着けているところで、それが整えば、いくつかの候補から決めればイイだけになってる」

ちょうど、卒業ライブの話が持ち上がったのが年末で、松の内が明ける頃には、とにかくいろんなところから、ライブやるんですって?という連絡が入り始めていた。その中に、昔オレたちのローディーをやっていた後輩からのものがあった。

そいつは元々、プレイヤーというよりは裏方志向が強くて、プレイそのものよりも楽器の改造や構造に興味があって、電気回路やハンダ付けに強くて、やたらとオーディオシステムに凝っていた。下宿先のアパートを尋ねると、今にも倒れそうな木造の小さな部屋の雑然とした中に、かなり高級そうなオーディオが飾られていたのをよく覚えている。最初は、例えばアンプのセッティングとか、頃合いのイイエフェクトの設定なんかを相談しているウチに、オレたちのバンドと関わるようになって、気が付くとステージの時には袖に控えて不測の事態に備えて待機するようになっていた。解散間際には他にも何人かが手伝うようになっていて、そいつはPAの卓の横に立って、細かな音響効果を指示するまでになっていた。ローディーというよりは、プロデューサーに近い専属エンジニア、といったところだった。

ヤツは今、土器川の河口の近くに倉庫を借りて、音響機材のレンタルや、舞台美術の仕事をしていた。音楽に関する仕事という意味では、未だにバンド時代の面影を残しているのは、藤木とその後輩だけだった。大学時代の経験を、そのまま諦めなかったのだから、それは尊敬に値する。

フュージティブが再結成するなら、なんでもしますよ、とその後輩はいわば舞台監督とか、プロモーターのような厄介な仕事を一手に引き受けてくれた。ちゃんと謝礼は払うから、というのを、そいつは頑なに断って、昔みたいにチケット売ってそれをみんなで分けましょうよ、仕事とか、そういうんじゃないところでやりましょうよ、と熱い目をして豪快に笑った。

結局オレたちは、その好意に甘えて、いわばステージ上のことだけに集中することが出来ているのだけれど、やはり恵子のことに何らかの目処が付かない限りは進まなかった。周囲の形はどんどん整っていくのに、肝心のステージに上がるメンバーや、曲目が決まらないのだった。

恵子のことを知らない彼女には、進んでいる、としか応えようがなかったわけだけど、いざリハーサル、という段階にまで来れば、自ずと言わなければいけなくなるだろう。その時、彼女はオレのことを、どう思うのだろうか。今度はオレ自身を、軽蔑するのだろうな。

オレは本当に、何も言わずに彼女を抱いてもいいのだろうか?

 

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