なんとなく近寄りがたい気がして、オレは湯に浸かりっぱなしだったのだけど、ようやく湯から肩を出し、そのまま後ろの浴槽の縁に腰掛けた。熱い湯のおかげで、雪の勢いがさっきよりも増していたのに、いっこうに寒さは感じなかった。

オレが知っているのは男湯の、同じような露天風呂だけだけど、それに較べると、一回りこちらの方が狭い気がする。家族風呂、という名の通り、親密な距離感というのは、これぐらいなのだろう。

なのに、オレと彼女はいっこうにその距離を縮めることが無く、なんだか気まずい間隔を保ったまま、浴槽に腰掛けていた。

ただ気まずいのはオレの方の躊躇が大きいせいなのか、腰掛けてそれが当たり前のように腰にタオルを拡げて隠したのだけど、そう言えば彼女の方は脱衣所で服を脱ぎ捨ててからずっと、何処も何も隠さずにいた。おかげでオレの目は充分すぎるほど、未だ衰えを知らない肉体の美という美をほとんど堪能している。

こういう場合、年上の、経験豊富な大人の対応で、距離を詰めてなにがしかの淫靡な雰囲気に彼女を溶け込ませるべきなのかもしれないけれど、どうしてだか彼女の前だと、そういうあざとさが引っかかるのだ。かける言葉、話題、仕草、態度、そんなものが全部、陳腐でそこを見透かされている気がする。

もっとも、彼女自身はそういうことを望んでいるのかもしれない。クルマのCDの時もそうだけど、何処に行こうかとか、何を食べようかとか、そういうことは全部、オレに一任、という感じで託されていた。ただ、その態度は決して突き放したものではなく、また面倒なことを避けるつもりでもなく、ただ彼女の純粋な反応だった。

いわば、その無邪気さに、オレは気圧されているのだと思う。

あざとさは、それがあざといと分かっていても、ちゃんと状況をスムーズに目的地まで連れて行ってくれる最短距離を約束してくれる。ただ、それは無言の内に、あざとさに巻き込まれる了解の上でこそ活きるロールプレイングみたいなもので、それを暗黙の了解にするには、相応の経験が必要だった。

彼女はその経験を、オレに求めているのかもしれないけれど、それにしてはオレはきっと、正直で居すぎるのかもしれない。年齢とか、体力の衰えとか、そういうひどくリアルなことばかりをあげつらってしまうのだ。もっともそれは、オレにとって切実なのだけど。

なんとか話題を紡ごうとして、結局たぐり寄せる糸は、音楽の話になってしまう。オレはこんなにボキャブラリーが乏しかったんだろうか?

「最近は、何聴いているのかな?クルマで明日菜ちゃんのお気に入りを聴けると楽しみにしていたんだけど」

本当に楽しみにしていたのかはさておき、なんだかこういう言い方をすると、未成年相手のハメ撮り裏ビデオの竿師になったみたいな気がしてしまう。

そういう映像を彼女は見たことあるんだろうか、と考えただけで、また下腹部が騒がしくなってしまった。

「ジェフ・ベックかな、一番新しいヤツ」

明日菜ちゃんは湯に足を浸けて水面下でバタアシをしながら、灰色の空を見上げてそう答えた。雪の降ってくる様子を見ているのか、落ちてくる白い粒にしきりに目をしばたたかせている。

「新しいヤツって、レス・ポール・トリビュートのライブ?

彼女は首を振る。

「鷹のジャケットのヤツ」

「スタジオ盤って、それから出てなかったっけ?

「たぶん」

へ〜、と相づちを打つけれど、すぐにはその音が思い出せなかった。

「上島さんの車ならあるかな、と思って持ってこなかったんですよ。それに、そろそろ飽きてきたっていうか、やっぱりギターを弾くために聴いている、っていう感じだから、聴き流せなくて」

オレの車のオーディオは、データ形式のCDにも対応しているので、無理矢理詰め込んだ中を探せば何処かにあるかもしれないが、オレにはすぐには見当が付かなかった。もっとも、そのCDを焼いたのは捕まる前のことで、もうずいぶんと時間がたって、何を入れたのかひどく曖昧なのだ。

「クラプトンならあるよ」

オレが言うと、急に彼女は笑い出した。

「センセイと同じだ」

 

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