そんなことを思い出している内に、劣情も蘇ってきた。下腹部がじんと熱くなってきたのは、かけ流しの天然温泉の湯のせいだけではないはずだ。

結局、細かいことをすっ飛ばして、オレはその劣情だけを大事に胸に留めて、何とかそれが収まるのを待った。隣のその女の子はその後、オレの最初の相手をつとめることになる。合宿の一週間ほど後だった。

その経験は、オレにはなんだか劣等感ばかりが刻み着いたばかりの、情けない想い出しかないけれど、ただ、その女の子は処女じゃなかった。そのことも、劣等感に追い打ちをかけたのだった。

ダメダメダメ。

温泉場で露天風呂に浸かって、昔のエッチな想い出に浸るなど、それこそ一番情けない行為じゃないか、とオレは全然別のことを考えようとした。漂うように湯のさざ波に身を預けて頭だけ湯船を縁取るように拵えられた石造りに乗せていたのを、ゆっくりともたげてその一連の流れで顔を洗った。

今度はまっすぐにそれほど広くはない湯面を見晴るかす。向こうには名前はよく分からないけれど、丸い葉っぱの茂る背の高い生け垣がズラッと並んでいて、雪を頂いて重そうに頭を垂れていた。さらにその向こうには霞んだように小高い山の頂が見えた。やはり鼠色の雲に色彩を吸い取られて、青白く消えかかっているように見えた。降りしきる雪のベールが一層輪郭を曖昧にしている。そして目の前には湯煙のカーテン。

その色も境界も曖昧なままのオレの視界の右隅に、もう一つの透き通るように白い姿がそこだけ焦点を合わせてくっきりと見えていた。オレは、身を起こしてもやはり首から上だけを出しているだけなのだけど、目とほぼ同じ高さのところに、白くゆったりと盛り上がった滑らかな稜線が見えた。湯気をかぶってうっすらと滴を纏ったその盛り上がりは二本並んで、そのままなだらかに湯面の下へと消えている。

オレはさざめく湯面から目だけを動かしてその稜線を逆登ってゆく。ふくらみは湯面からせり上がるほどに豊かになり、湯船の縁まで続いていた。ちょうどその縁のところで急角度で空に向かって伸び上がるのだけど、なぜか柔らかそうな曲線だけはずっと保っていた。

曲線は起伏を描きながらも、一度くびれてまた再び脹らむと、そこで新たな丸い珠のようなやわらかそうな乳房をぶら下げていた。その先には果実のような小さな突起が顔を出していて、オレはその独特な姿形に魅取れてしまいそうになる。だけど、それを遮るように、にわかにその曲線が歪み、肉が揺れ、透き通るように空気の溶けそうな白い姿に一筋の紅がさした。

その紅は、僅かに二つに分かれて、中から白い歯をみせた。同時に、湯のさざ波の音を滑るような、声がする。

「何、見ているの?」

そう言うとたっぷりとした質感の二層の紅は、またピタリと閉じ合わさった。オレはなぜか、その厚ぼったい唇に、魅取れている。目の前の彫像のような白い姿は、普段きっと表には現さない。それを見るとこが出来るのは限られた者だけのはずだ。だから間違いなく、普段着の姿でいれば、印象を刻むのはその唇に違いない。

だけどオレは、それ以上に貴重なものを、目の前にしているのに、やはりありふれた唇に魅取れている。ついでに丸くクリクリとした瞳や、小さな耳の形や、さっき見たばかりの乳房に目をやったりもするけれど、最終的には唇に帰ってくる。その引力は、おそらく、全ての色を奪い去ろうとする頭上の雪雲を、唯一蹴散らす力を持っているに違いない、とさえ思う。

「ねぇ、何見ているの?」

もう一度、そう訊かれるけれど、きっと問うた方も答えは分かっているはずだ。そして、もちろん、オレもそれを用意している。そうでいて、言うのをなぜか躊躇する。それはほぼ間違いなく、言った途端に、オレは敗北を宣言することになるからだ。問うたものの前にひれ伏すような、そんな感覚。

そしてそれも、分かっていて結局それ以外には見つけられない。もう問われた時点で、オレは敗者なのだ。

「君だよ、明日菜ちゃん」

問うた彼女は、その答えを欲していた、とオレは言って気が付いた。やはり、オレは跪いてしまった。

でも、この敗北は、不名誉ではない、と思いたい。

 

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