話をしている内に、辺りは暗くなり、背後で人の声がして、車のエンジン音がする。きっと、資料館の職員が帰宅する時間なんだろう。雪にタイヤが滑る音が聞こえた。

「寒いね」

明日菜は僕を見上げた。

「車に戻る?」

「早く帰らないと、今日は危ないかな」

明日菜の家は、ここから車なら五分とかからない。それよりは、僕の自転車の方が心配だった。滑って転ぶのは、今の時期はかなりやばい気がする。まぁ、我慢して、明日菜に送ってもらって、明日にでも自転車だけ取りに来ることは可能だけど。

とにかく車に戻ることにして、僕はおもむろに方向転換した。自然と、明日菜から離れる。明日菜は僕のポケットからスキンケースを取り出すと、自分のスカートのポケットに仕舞うのが見えた。

明日菜は、僕の前を行く。さっき上ってきた階段まで、もうすっかり雪に埋まったスタンドを、ゆっくりと足元を見ながら歩く。

やっぱり、と明日菜は急に立ち止まった。そしてグラウンドの方を見て、それから、一瞬、僕の視界から消えた。

と思っている内に、明日菜はグラウンドに走り込んでいた。スタンドとグラウンドを隔てる壁を飛んで、さっき犬が着けた足跡の上に、飛び降りた。それから、ローファーの靴をめり込ませて、パタパタとそこら辺を駆けた。暗がりの中で白が目立ち、それに反射して、スカートから延びた明日菜の素足が浮かんでいた。

はしゃいで駆け回る明日菜の膝小僧を見ていると、あまりに寒そうで、こっちの方が凍える気がした。それでもやっぱり、明日菜は楽しそうだ。一番乗りは逃しても、雪は新たに降り積もって、明日菜を待ちかまえていた、そんな気がした。

家に帰ると、ココとは違う温もりが待っている。暖房の効いた部屋と、勉強机の上に載った参考書。僕はもうすぐ、そこへ戻らなくてはいけない。それが僕の、今の現実。

そして、雪の上で踊る明日菜も、僕の現実。

踊る明日菜は、僕には間違いなく、人肌の温もりを伝えてくれる、唯一と言っていい人だ。それ以上の現実もきっと無いだろう。

駆けながら明日菜が僕を手招きしている。僕はその手に触れることを許されていているんだ、と思う。

雪はまだ降り続いていて、僕の足跡のためのステージの、準備を整えようとしている。

手招きする明日菜が、目の前で雪の上で転んだ。僕は思わず、手を差し伸べて、そのままグラウンドへと駆けだしていた。

 

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