じっと僕は一号を見ていた。沈黙が、僕と一号の間をスースーすり抜けてゆく。カチャカチャという食器のぶつかる音や、明瞭ではないけれど人の話し声、遠くの液晶テレビの音、時々窓の外の浜街道を走り去るトレーラーの唸り。沈黙に混じって、コレもまたスースーと通り抜けてゆく。

音が記憶に引っかからない類の静寂だ。

それがどんなに長かったか、一瞬だったのか、よくわからないが、変化を起こしたのは一号だった。さっと僕から視線を外し、ソファの背もたれへ、ドサっと倒れ込んだ。ギュッという皮の音がする。顔を通路の方に落として、やがてクスクス笑いだした。

急に僕は恥ずかしくなった。実際に頬が紅潮し、耳まで赤くなりそうな勢いだ。顔から火が出るほど、異常にカッと熱くなる。

考えてみれば、僕は愛の告白をしたのだ。本人を前にしていないが、ある意味本人と同義でもある。そして、その許可を求めている。単純に、間抜けだな、と思った。

視線を僕に向けないまま、今度は天井を仰いだ一号は笑い声に紛らせて応えた。

「ユキはモノじゃないよ」

そう言ってから、やっと僕を見据えた。そして、顔の前で手のひらを二、三度左右に揺すりながら言った。

「イヤだよ。たとえ冗談でも、一晩だけとか、そういうのもダメ」

当たり前の答えだった。僕も当然、その答えを予想していたし、だからこそ、僕は条件に持ちだしたのだ。でも、実際に言われてみると、意外な気がしてならなかった。

食い下がるわけではないが、僕は自然と顔をゆがめていた。

「エ?なんで?だっておまえ、ユキちゃん以外にいっぱい女の子に目移りしてるし、実際浮気しまくっているし」

一号なら付き合う女の子なんて、選り取りミドリだろ?と言いかけたのを、一号が遮った。

「だって、俺、ユキのこと好きだもん」

譲れない、と小さく付け加えて、まるで本当におかしい冗談を聞いたように、大きな声を出して笑った。それからしばらく、一号はクスクスと、何度も思い出し笑いし続けた。

 

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