それにしても、今の状況、世界の経済にも平和にも全く関係のないファミレスの片隅で、やっぱりガサツさは何の利益もなかった。そういう意味では、僕の予想は至極当然のごとく、思い通りになったのだけど、僕はそれを残念に思っている。だからこそ、一号にかなわないな、と思い、いい加減にしてくれよ、と思っている。

いくら何でも、パンツが見えている話はよけいだったよ。

僕は、顎を撫でながら、起きあがった。一号はじっと僕の方を見ていた。居住まいを正して、目の前のカップに残ったコーヒーに口を付けると、痛みがしみた。何だろうと、唇を拭うと、血が付いていた。彼女に殴られた時に切ったみたいだ。

それを見て一号は、あ、と声を上げた。その続きを聞かずにペーパーナプキンをとって唇に当てた。痛むほどではないけど、少し腫れてきた。

「彼女、寄せ乳だったね」

いたわりも謝罪もなく、一号はそう言った。その話題にも僕は驚いたが、あの最中にそんな観察をしていたことにも愕然とした。

「裸にするときっと、がっかりするよ」

そう言って、ヘヘヘ、と笑う。

僕は呆れた。どこまでも無神経なやつだ。ガサツにもほどがある、とついさっきまで考えていたことを全否定しそうになる。でもきっと、また同じことを繰り返し、繰り返し、考えることになるんだろうな、と思ってやめた。

そうだ、僕もガサツになろう。

具体的にガサツ、ってなんだろうと思うのだけど、無神経な何かを言ってやろうと思う。英語のサバナビッチは日本語に訳すと、おまえのカァチャンでべそ、になるが、あまりにもリアリティがない。でべそだから何だ?アスホールは、尻の穴、だがわかりにくい。ファックユゥーはクソクラエとか訳されているけど、どちらかというとそれはアスホールに近く、コンチクショウとか、コノヤロウとかも全く穏やかだ。だからといって、オメェと一発やるぜ、と直訳すると、別の意味で前向きな発言になってしまうな。

だったら、前から一度言ってみたかったことを、この際言うことにした。

僕はしばらく、切れた唇を労るフリをして、黙ってそこに至る台詞を考え、丁寧に整理した。言葉より、台詞を探しているんだろ?という誰かの歌の歌詞があったな、とか思いながら、僕は最終的に台本を確認するように、一つ頷いて、キッと一号を睨み付けた。

「コレでバンドの話はナシだな」

一号はハッとしたように、ああそういえばそうだね、と応えた。そもそも、一号の発案による、一号の企みだったはずだが、過ぎていったことにはお構いなしのようだ。

「でも、どうしてもって言うんなら、考えてもいいよ」

さんざん今まで考えたのに、とは一号も思っているはずだろう。それも含めて、一号は僕をじっと見つめた。緩んでいた頬が、すっと鋭利になる。それだけで、一号は真剣さを醸し出すことができる。あくまでも、緊張を用いない真剣さ、深刻にまでには至らない穏やかな真相の告白を聞くときのような表情だ。

「当然・・・」

そう言って一号は目配せする。僕は頷く。

仕方がないな、といった表情で、一号は訊ねてきた。

「条件は?」

僕は身を乗り出す。一号も顔を寄せる。

「ユキちゃんを、俺にくれない?」

やった、言ったぞ。

言った瞬間、後悔した。コレで、案外僕と一号の仲がこじれて、路上ライブもなくなるかもな、とか思った。バンドの解散とか、そういうことってそういうくだらないというか、理性とはかけ離れた感情のもつれで簡単に導き出されるモノだ。

一号が僕の横恋慕に、気がついていたのかどうか、よくわからない。薄々感づいていた、程度でも、一号はそういうことを表情には出さない。きっと不実が本当にあって、それを一号が知っていたとしても、たぶん口に出したり、僕らが感づくような行動には出ないだろう。

その代わり、答えをポン、と出して終わりだ。僕が捨てられるか、ユキちゃんを捨てるのか、二人同時に捨てられるのか。ただ、イイよ、俺よりはお似合いだ、と僕らを祝福してくれるとは絶対に思えなかった。なぜかはわからないけど、僕にはそんな気がした。

でも、言ってしまったモノを、今更引っ込めることはできない。引っ込めるつもりもない。たぶんその一言は、僕にとっての今最大の夢で、夢であり続ける夢で、まさしく奇跡以上に奇跡に近いモノの象徴だろう。同時に、最大のわがままだ。誰も、友人の彼女を横取りして、賞賛する者はいない。簡単なことだ、状況的にはあり得るけれど、逆の立場になって考えてみれば、それがどれほど酷いことかがわかる。

もちろん、僕らは世代を経るにつれて、そういう知恵だけはたくさん付いているから、いつの間にか理由を考えることもなく立ち止まってしまっているんだけど。

コレが僕の精一杯のガサツさだ。大胆という言葉や、浅はかという表現が、ガサツの本質を吐いているなら、僕が考えることのできる限界だ。

 

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