そして僕は不謹慎というか、ある意味豪快だが、もしかしてこの一号と僕の立場の違いというか、何やっているんだ一号、的なことでこの事件を納めれば、巧いこと転がって彼女との間に誼が生まれて、逆転の一撃で城門を突破できるかも、というような不埒な想像を一瞬にしてした。自分が手を下していないぶん、変な余裕もあった。
「いい加減にしろよ」
といった言葉、か弱く、声がかすれていた。まだどこか、躊躇というか、この苛烈な状況に恐れをなしているのは、きっと僕の方なのだ。
一応手を伸ばしてみたが、一号の手首をとればいいのだけど、なんだか、僕は昔運動会で組み体操するときに、そういう感じで手首同士をつなぎあって塔とかそういうのを作ったのを想像して、ファミレスで器械体操なんて、と思って行き場を迷った。そしてあろう事か、彼女の手首を掴む一号の手に手を重ねる形になり、見ようによっては止めているようにも見えるが、別の見方からすれば、一緒に彼女をひっぱているという、何とも中途半端な位置に手を置いてしまった。
ただ、その行動は、やっと彼女の気を引いたようで、彼女はなぜか僕に向かってはまくし立て始めた。
「ちょっと何この人、あなた友達ならやめさせてよ。最低ね、ホント。ひどいと思わない?こんなこと平気でできるなんて異常じゃない、変よ、変。何言っているんだかわかんないし、頭おかしいんじゃないの」
意外に、口が悪いな、と僕は思った。人は見かけによらぬもの、というのはパンツが見えていた時点で、あまり現実味のない表現だったけど、しかし、人はせっぱ詰まると結構口が悪くなるものなのかもな、なんて思う。誰だって、同じなんだ。
ユキちゃんだって、一号とけんかして愚痴るときに、かなり罵詈雑言に包まれる。もし、僕と付き合って、ケンカするとやっぱりこんな風に言われるのかな、と思うとちょっとイヤになる。
「ごめん、ごめん、こいつちょっと酔っててさ」
適当ないいわけが、そういう口から出任せになってしまった。しかし、言った手前、一号が酔ったふりでもしてくれれば、話は丸く収められるかもしれないが、全くその気配なし。僕の言葉が空しく、ポトンと床に落ちた気がした。
「誘っているんじゃないか、って思ったんだよ・・・な」
初めて、一号が僕を見た。何か思惑があるのか、それともせっかくのチャンスをつぶそうとしているのか、ただの冗談か、バンド参加を渋る僕への嫌がらせか?とにかく、事態はますます悪くなり、そしてその原因は、僕になりつつある。ここは早く、一号にお引き取りを願って、彼女を解放するしか道はない。
それでも何となく、解放してあげた僕って、みたいなことを心の片隅に残している自分も、相当いかれていると思う。でも、時々海外ドラマとかで、暗転の後、けんかしていた二人がベッドイン、みたいな話を少なからず見たぞ、というようなことを考えている。
しかし、そういう想像も、簡単につき崩れてゆく。彼女の僕を見る目が、明らかに救いを求めるものから、一味を見るそれに変わっていた。あんたも、同じ種類の人間なのね、とでも言いたげに僕を見る。怯えるような、蔑むような、とにかく悪意に満ちた目だ。
「俺はそんなこと言ってないよ。こいつが勝手にそう言っているだけで」
彼女を諭すように、落ち着いた振りをしてゆっくりと僕は言ってみた。同時に、情けないな、と思った。友を裏切る、的な感じで、僕はこの場を丸く収めることのみで出てきた言葉を、軽蔑した。同じ種類の人間だと思われているなら、まだそう振る舞った方がましかもしれない。
だって、一号は、全く嘘は言っていないんだ。
やり口は、多少強引だけど、少なくとも、一号が言っていることに嘘はない。そして、結果は蚊帳の外でも、一号は僕のために体を張っているのだ。
「とにかく、もう離せよ、彼女いやがっているぞ」
自己嫌悪を重ねる結果になったが、彼女のためには一番思いやりのある言葉だ。それも間違いじゃないけど、一号に対しては、ありがとうもういいよ、というのが普通じゃないのか?そしてきっと、そんなこと彼女にはどうでもいいんだろうな、と思うと、僕は急にいろんなことから目が覚めた。きれいに、彼女のパンツの残像が消え、それは希望の鍵とかそういう魅惑的なものではなく、ただの夜のおかずに成り下がった。イヤ、元々パンツを見ただけで夜のおかずにするほどに、経験が浅いわけでない。それにまつわる妄想が、大事だったはずで、結局は、その妄想という行為自体が霧散したのだ。
一度大きく、彼女は手を振って、一号をふりほどこうとした。
それでも、一号の表情は変わらない。手首を掴むのもやめない。
もう、、彼女の中で、怖さとかそういうものはもう消えていて、きっと怒りだけが身体中を支配しているのだろう。
「ちょっともう、何なのよ、いい加減にしてよ。お願いだから。人を呼ぶわよ」
僕には人、という言葉が制服姿の怖い人に思えた。
「だからデートしてやってくれないかな?」
まるで今の事態が、普通に朝起きて歯を磨きます、ということと何ら変わりがないかのように、全く昂揚も消沈もない調子で一号は言った。コレで義務は果たしたぞ、というような、あるいは自分の思い描いていた作戦を一から十までやり終えたような、そんな満足げな語尾で言葉を締めた。
一方の僕は、この事態を一番怖がっていた。
「いい加減に、もうやめろよ」
慌てて、僕は一号の掌を揺さぶった。それは同時に、彼女の手も揺すぶることになり、見ようによっては僕が答えを催促しているようにも見えた。
イヤだ、もう、と半ば泣きそうな声で呻きながら彼女は腕全体をしならせた。今度は身体全体を左右に揺さぶりながら、腕を上下する。さらに引っ張ったり押してみたり、もうなりふり構ってられないという感じだ。振り乱れた髪が四方に花火のように広がる。今度は僕の手と一号の手が重なっていて、一緒にブルン、ブルン、と揺すぶられた。
その時、何の前触れもなくパッと、一号はその手を離した。彼女が後ろに勢いをつけて強く引っ張っている最中だった。反動で、彼女の腕は後ろに大きく振られた。
そこには僕の顔があった。