「冬は、寒いもんだから」

僕はもう一度、念を押すように一号に言った。知ってるけど、と一号は言って、別の角度から僕を説得しようと試みたが、上手い言葉が見つからないようで、そのまま口ごもってしまった。

その冬の彼女とは、春になってコートを仕舞った頃に、別れが来た。それが始まったのが、今思い返せば、あの時、別れの唄が自分の頭をよぎった時からのような気がしてならない。別れた原因は、単純に彼女の心変わりだったのだけど、スイッチが入った瞬間というか、そのクリスマス以来、サヨナラは仕組まれていたような気がするのだ。

僕はなんとなくだが、彼女の言葉をそのまま額面通りに受け取る事に躊躇し始めたのだ。信じてないわけではないけれど、ふとしたきっかけで、頭の中を嫌な予感というか、猜疑心みたいなモノが、ほんの一瞬、走るのだ。

だから、その日以来、僕は彼女と手をつなぐ事はなかった。元々そういうのは苦手だったとはいえ、最後に手を握りあったのが、あの琴電瓦町の駅の改札の前、と強く印象に残っているから、そう思うのかもしれない。

手を握る、指と指を絡ませて、互いの体温を感じ合う、という事が、余計に苦手になった。それはセックスとは違う趣を持つ触れ合いで、きっととてもプリミティブな愛撫の一つなんだろうけど、それが妙に気恥ずかしくて、そして目を背けたいフラッシュバックのスイッチのようにもなって、そういう行為から遠のいていった。

そういうものよりも、むき出しの愛をさらけ出したいと思っているのかもしれない。めんどくさい事を取っ払って、確信だけで接点を持つ。それはヒリヒリするほど痛いかもしれないけど、そこで繋がり合えれば他には何もいらないんじゃないかと思っている。ただ、それはまったくの幻想で、九割方、あり得ないとも思っている。

冬の彼女は僕と別れて一年して、同じ職場の同僚と結婚した。招待状が来ていたけど、僕はそのままゴミ箱へ捨ててしまったので、それっきり縁がなくなってしまった。

そんなもんサ、所詮現実は、なんて。

きっと、そういう事を意識しだしてから、僕の方から何かをつかむという意欲、みたいなモノにも苦手意識を持つようになったんだろう。

僕は自分というモノを、心の底から信じてはいなくて、きっと何かを成し得る事など出来ないと思っている。良く、チャンスの前髪をつかむ、というような事を言うけれど、僕はそのこと自体、つかむという行動自体を、怖がっている。

そんなはずないサ、とどこかで思っている。僕はとんでもなく我が儘だと思っているのに、自分の望む状況が叶う、夢が叶う、そういう事も信じていないのだ。嘘だろ?と思う。そんなに上手くいくはずがないサ、といつも思うのだ。

訝しがっている内に、たぶん、いくつかのチャンスを逃しているのだろう。そもそも、チャンスや運に近寄ろうとしていないのかもしれないとも思う。

では僕が望んでいるモノって何だろう?今に満足しているだけで、それが僕が望む世界なのだろうか?

本当はパンツが見える世界の、その向こうがあって、それに目を背けて、ただ、妄想とか幻想という言葉でごまかしているのかもしれないな、等と思う。

ああ、そういえば、冬の彼女はどこか、ユキちゃんに似ていたな。顔立ちとか、体型とかは全然違うけど、雰囲気が、どことなく普通な感じというか、控えめほどおとなしくはないんだけど、でも、前に出るようなタイプではなくて。

それを最初に強く意識したのは、小さなニアミスだった。僕はそれ以来、ユキちゃんの存在が僕の中で急に大きくなったのだ。

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