家というか、瓦町の駅経由ね、と言って彼女は笑った。矢野顕子?と問うと、彼女は頷いて最近よく聴くんだ、と言って、もう一度同じフレーズを歌った。わたしの家、のところを琴電瓦町、と歌おうとして文字が溢れて苦笑する。雪は少しずつ、激しくなってきていた。

やっと駅に続くエスカレーターに乗って、後ろに控えた僕が、俺が好きなのは、「また、会おね」の方だな、と呟くと、ウン、あれもいい曲だね、と彼女は言った。確かPSY・Sの曲にも同じような、切ない事を歌っている唄があって、引っ越しの日にいつかわたしも記憶の彼方に消えていくんだろうけど、わたしは絶対に忘れない、っていうなんか凄くイノセントな、そういって良ければ幻想というかファンタジーだよな。

そう言い終わって、僕は気付いた。どちらも別れの唄だったな、と思う。すると、彼女の歌った「あしたこそ、あなた」も気になる。アレは、いつか未だ見ぬ誰かに向けて歌ったモノだ。歌っている主人公は、未だ独りだ。

「いつか、このクリスマスも、思い出に変わるのかな?」

やっとたどり着いた改札の前で、彼女はそう呟いた。そして、僕の手を取った。じっと手を見つめて、冷たい、と言葉を落とした。君もダヨ、と言うと、彼女は僕を見た。そして一度頷いて、恥ずかしそうに視線を逸らすと、僕のコートのポケットに繋いだままの手を突っ込んだ。そこには、手袋が押し込まれていて、僕らはそれをぎゅっと握りしめた。

僕はその日、妹が高校生の頃に通学に着ていたダッフルコートを着ていた。背の低い僕には、そういうトラディショナルなモノが似合うから、と誰かに言われて以来、僕は冬になるとそれを羽織っていた。

改札の方でアナウンスが流れ、彼女は名残惜しそうに、手を離すと、ポケットから手を抜いた。そして、僕の肩に手を回して、後ろに垂れ下がっていたフードを僕の頭に被せた。そして、それじゃまた来週、と言って踵を返した。

改札を抜けてそのままホームまで、彼女は一度も振り返らなかった。僕はその背中を半ばまで、追いかけると、外に出た。

雪が激しくなっていた。その夜空、大型ビジョンとネオンに色変わる雪の粒。僕はその風景を今でも良く覚えていて、毎冬、必ず一度は思い出す。僕にとって高松の冬は、その光景以上でも以下でもなく、刻まれているのだ。

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