「ところで、あの話、考え直してくれた?」

パンチラの彼女の存在に、僕の興味がしぼみかけていたことに気づいた一号は、つまらなさそうな顔を一瞬して、話題を変えた。

あの話というのは、最近一号があるバンドに誘われている、というモノだ。路上ライブを見て、その誘いが一号にかかったのだが、ギターの僕と一緒なら、という条件を出したらしい。声をかけてきたのは、僕らと同い年で高松のライブハウスで活動しているバンドで、オリジナルとカバーを半分ずつぐらいのレパートリーとして持っている。最近ボーカルに子供が出来たそうで、仕事のシフトを変えたら練習が出来なくなって辞めたらしい。他のメンバーで話し合って解散に傾きかけた時に、一号の声を聴いて、考え直したらしい。そのバンドには、既にギターがいて、誘いは一号だけだったのだが、一号の提示した条件に、向こうは何の問題もない、と笑って応えたそうだ。

その話を、一ヶ月ぐらい前にボクは訊いた。僕に気にせず、勉強のつもりで参加すればいいじゃないか、と僕は断って、一号も一度は僕を諦めたらしいのだけど、家に帰ってユキちゃんに話したら、それはないんじゃない、と説教されたらしい。恩とか、縁とか、ユキちゃんはそういう事をとても重要視していて、どこか男の友情というモノに憧れに近い尊敬を抱いているらしい。

やっぱりそうだよな、と今度は堅く決意した一号は、再度僕を勧誘した。ユキちゃんの意志は、それとして、僕は正直乗り気にはどうしてもなれなかった。ギターを弾くのは好きだし、もっと上手くなりたいし、イイ曲を一杯書きたいと思うし、それをたくさんの人に聴いて欲しい、という願望もある。だけど、その道筋に、自分とは違うモノが滲むような気がして、それがイヤなのだ。

僕は、僕がギターを弾き、曲を作り、一号が路上で歌う、という今できあがっている形に、満足している。その柵の中で、じっくりと精進したいと思うのだ。それはそもそも、僕と一号が形作ってきたモノで、それ以外の何ものの干渉も、必要ないと思ってきたし、今も思っている。

それとは別に、という事で良いんじゃない?と一号は僕を説得するのだが、未だ、僕の中では釈然としないモノが残っていた。逆に、今のままでも別にイイじゃないか、と切り返すと、そのまま一号の話まで立ち消えになりそうで、僕は言い返せずにいた。しかし、そもそも、一号は僕が感じているほど、僕との関係をどう考えているのだろう?

「今更、エレキは弾けないよ。そもそも、何年も立って弾いてないから無理だね」

僕のその言葉を、一号は冗談ととったのか、苦笑いを返してきた。

「それに、真冬に野外でライブなんてごめんだね」

そのバンドが、毎年暮れになると中央公園をメインに開催される、高松冬のまつりのイベントで、新生をアピールしたいらしいのだ。それに向けて動き始めるなら、そろそろぎりぎりの時期だ。

「昼間だよ。名古屋に較べて、高松は常夏だよ。ほら、テレビ塔の下でライブやった時は雪が降ってたじゃないか」

それがきっかけで、僕は雪が嫌いになった。そもそも、冬は苦手だったのが、とどめを刺された気がした。そんな中、半ば無理矢理出演させられたステージは、夜でライトアップされて幾分かは熱気があったが、ギターを弾く指が凍えて、最後には感覚が無くなってきて、演奏はボロボロだった。一人ドラムだけが、いつも以上にツーバスをドカドカやって、汗を掻いていたが、一号だって、鼻水を拭うのに必死だった。

今の路上ライブも、12月半ばまでは何とかやっているけど、北風が身体に堪え始めるとストーブを用意している。ギターを弾いている僕の目の前に、円柱形の石油ストーブを置く。曲と曲の合間、僕はいつも手をかざしていて、何とかやり過ごしているのだ。12月はストーブ目当ての観客もいる。

年明けに一度だけ、年始営業の初日だけ、少し早い時間にやって、それから3月頃まで休みにする。僕はそれを、冬眠と言っている。天から来る災害のめっぽう少ないこの土地でも、ここが日本である限り、おおむね四季が存在していて、冬になると寒いのだ。風は冷たく、夜明けには氷点下になる事だってある。

「時々だけど、高松だって、雪が降るよ」

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