「雪」というフレーズが、一瞬ユキちゃんのイメージを呼び起こして緊張する。それをかき消すように、僕の中にある色褪せた映像が蘇った。言葉ではなく、明確な白いわたぼうしのような雪が降り落ちてくる光景。

それは、何年も前の例の冬のまつりの最終日で、前日珍しく雪が盛大に降った。その日は25日で、思わぬホワイト・クリスマスに、街全体が浮き足立っていた。中央公園の木々に電飾が施され、夜空さえもがキラキラと輝いているみたいだった。

その時付き合っていたのが、三木町に住んでいる目尻と口角がちょっとだけ上がっている、印象的な顔立ちをした女の子だった。ぷっくりとした頬が健康的で、それに象徴されるように体付きも緩急が大胆で、僕好みの胸の大きな女の子だったけど、彼女自身はそれがコンプレックスだった。

職場はサンポートの近くで、僕らは琴電の築港駅で待ち合わせて、中央公園まで歩いていった。いつもなら、クルマで迎えに行くのだけど、前日の雪で怖じ気づいた僕は、電車に切り替えたのだ。僕のクルマには冬仕様のモノはいっさい載ってなかった。

歳末の冬の街は、こんな地方都市でも賑わっていて、中央通りはクルマのヘッドライトが波のようだった。雪は歩道の隅に少しだけ残っている程度で、すっかり溶けていたけど、空気はピンと凍っているようだった。風がないのが幸いだったけど、僕を含めて歩く人々の多くが、肩をすくめていた。

道路を眺めて立ち止まった彼女は、ずっと歩き続けて、みんなどこに行きたいんだろうね、と言った。クリスマスだから、と返すと、雪って嫌い、滑るから、と踵の低いヒールで足踏みして見せた。

彼女は膝丈の真っ赤なコートを着ていた。クリスマスに合わせてお洒落したのよ、といっていたが、その下の真っ白なスカートも膝丈で、スラッと伸びた足は黒いストッキングに包まれているとはいってもずいぶん寒そうだった。

中央公園の奥に誂えられたステージまで行くと、ひときわ明るいライトの中で、小さな子供達が踊っていた。公園の芝生には雪が残っていて、そこを人がひっきりなしに行き交っていた。立ち止まって見ている人の多くは、きっとその子供達の関係者だろう。いろんな機種のハンディカムがステージを向いていた。

僕らはそれをぼんやり遠巻きに見ていた。ダンスを見ている、というよりはクリスマス、雪、凍るように寒い空気、といった雰囲気を味わっているような感じだった。僕の隣で、彼女は白い息を吐きながら、ダンスのリズムに合わせて小さく身体を揺らしていた。寒い?と聞くと、何度も頷いたので、予約した時間には少し早かったけど僕らはレストランに向かう事にした。

食事を終えての帰り道、商店街のアーケードが切れた所の信号に出ると、雪がまた降り出していた。向こうの中央公園の灯りは未だ煌々と輝いている。それでも、雪は歩道にうっすらだが、白く降り積もっていた。タクシーがずらっと路上駐車している側を、おそるおそる歩いた。滑りそうなのもあったけど、僕らはもう少し、この雪の雰囲気の中を二人で歩いている事を、楽しみたかったのかもしれない。

歩きながら、いつしか彼女は唄を口ずさんでいた。

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