二人きりで練習しよう、というのは僕から言い出したのだけど、僕の頭の中では八割方、練習よりはその後の事の方に妄想が膨らんでいた。二人きりの練習、に至るお互いの言質を僕は細かく分析して、結局今考えれば強引に、彼女のOKサインを結論づけていた。

今でもたぶん変わらないと思うのだけど、僕は付き合うという事はイコール、セックスする事で、恋愛というのはセックスの言い訳だと思っていた。恋愛を考えるのは、セックスの神秘を探求する事で、口説き文句を学ぶのはいかに彼女を濡らすかというための階段だと思っていた。

あながち間違っていないだろう、と未だに思っている僕だから、たぶんいろんなコトが歪んでいるんだろうと思う。それが果たして抑制すべき欲なのか、プリミティブで許容される欲なのか、よくわからない。

その頃は今よりもっと、何も考えていなかったから、彼女の部屋のピアノの前で二人きりになった時点で、僕はもう練習する気など無かった。申し訳程度に二、三度ギターを通して弾いてみたけど、それがどうだったのか、今ではもう曖昧だ。

実をいうと、その後もずいぶんと曖昧で、というのも、彼女もあまり乗り気ではなかったが、明確な拒否はしなかった。だから、なんとなく二人して転がって、クチビルを重ねても、どういうワケだか、何の感慨もなかった。それなりにステップを踏んでいくのだけど、なんだかひどく淡々とこなされてゆくのだ。

前の晩は、妄想で心臓が高鳴って、よく眠れなかったはずで、興奮を抑えるのに苦労したはずなのに、コトは味気ないままどんどん先に進んでいった。

僕は気が付くと彼女のスカートの上に白い軌跡を描いていて、その途端ひどく恥ずかしくなって、どうしようもないくらいに後悔した。彼女は目を閉じて、僕の拙い手の動きをひたすら受け止めていたのに、僕の動きが止まると、目を開けてじっと自分のスカートに付いたシミを見つめて、溜息をついた。彼女ははだけたブラウスのボタンを閉じると、それでもう元の姿に戻っていた。

僕は追い打ちをかけられるように、その場でうつむいてしくしく泣き始めてしまった。何故かは解らない。ひどく悲しいわけでもなく、ただどうしようもなくて泣くしかなかったのだ。

それから後始末をして、彼女となんとなく身を寄せ合ったまま、無言で過ごした。暗くなり始めて、僕は一人で帰った。彼女の家から駅までの道程を、それだけは今でもはっきりと覚えていて、彼女が送る事もなく、僕は一人でとぼとぼとその道を歩いていったのだった。ソフトケースに入れたギターが肩に食い込んで、ヘッドの部分がずっと僕の後頭部を叩き続けていた。

それからしばらく、彼女とは、付き合って、でも結局深い仲にはならず、秋の文化祭を最後にバンドも解散して、それっきりになった。僕は彼女の裸すら見ずに、終わったのだった。

それから高校を出るまでは、僕は女の子に縁がなかった。というかその出来事がトラウマみたいになってしまって、手が出せなかったのだ。欲望だけはしっかりとあったのに、なんだかどこかで何かがずれている感覚に、上手く折り合いが付けられずにいたのだった。誘うような素振りを冗談交じりに話したりはするし、共学だから女の子とは普通に話したりはしていたのに、その向こうに渡る事を躊躇し続けていた。

ちゃんとしたセックスをして、ちゃんとしたつきあいをするようになったのは、名古屋に住んでいる時で、ちょうど一号に初めて逢った頃だった。バイト先の楽器屋に良く顔を出す、それもボーカルの女の子で髪が長く、やたらと歌が上手かった。絶対音感の持ち主で、僕がチョーキングをミスするとよく怒られた。気持ち悪いので辞めて、と叱られるのだ。

その子とは僕が実家に帰る少し前に、終わった。ちょうど、親戚連中のゴタゴタで、実家を手放さないために帰ることが決まったほんの少し前だった。それまで誰もいなくなった実家のメンテナンスをしていた妹も離婚調停が抜き差しならぬところにきていて騒がしかったし、とにかく僕が帰らないと、いけなくなっていた。ちょうどバンドも険悪な雰囲気が漂っていて解散間近だったし、絶対音感の彼女と別れたのは、本当にそういう一連の騒動が始まる直前で、僕は何となく思ったモノだ。

サヨナラはちゃんと準備されているんだな、と。

そういう意味では、こっちに帰ってきてから、何人かの女の子と付き合ったけど、終わりはなんとなく予感というか、NGワードみたいなモノがあって、決まった一言ではないにしろ、ひどく引っかかる言葉が現れると、自然と感じるものだ。

欲望はそれが満足の果実を得ると、急に次の欲望に至る茫漠とした無限にも思える平原を現出させる。それは血も凍る雪原のように真っ白で冷たいけれど、なぜだかその先に、虹色の世界の果てがあるんだと誘惑するのだ。そこへ辿り着く事こそが、至上の喜びであると錯覚して、僕は歩き始める。

だけど、結局ゴールはスタート地点に過ぎず、欲望はもっともっとを求めて、僕を誘い続けるのだ。その終着地点が近くなると、予感がする気がする。それがサヨナラに繋がるNGワードでもある。別れがもたらす喪失感の反動で襲ってくる、行く宛のない欲望の波は、次を求めなくては収まらないらしく、僕は不毛な道をまた歩き出すのだろうと思う。

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