「ああ、なんだかイライラするね。もう一度見てくる」

彼女の姿を確認しに、一号は立った。手には何も持っていない。何かに託けて彼女を見に行くのではなく、彼女を見に行くのだ。その目的以外、何も考えていないし、当然躊躇もない。時々、一号はそういう大胆な行動に出る。物怖じしないというか、確固とした自信が自分にあるのか、デリカシーを超越しているのか。

そういう所ばかりを見ると、天然とか、そういうラベルを一号に付けたがる人もいる。ただ、僕や、例えばユキちゃんや、少しばかり長く付き合った人間は、どうもそれでは説明できないことがあって、だから、興味が尽きないのだ。

一号はスタスタ歩いてゆくと、ドリンクバーの側に立って、向こうをのぞき込んだ。それぐらいの控えめさはあるらしい。この辺のさじ加減が、絶妙といえば絶妙で、天然といえば天然なのだ。そして、一号はしばらくの間、じっと彼女の方を見続けていた。

ドリンクバーを訪れた別の客が、訝しそうに一号を見ている。一号はのぞき込むのを辞めて、顎に手を当ててしげしげと彼女を見ている。きっと彼女の像を網膜に焼き付けたまま、記憶とクロス検索しているに違いない。

訝しそうに一号をのぞき込んだ客は、明らかに十代の女の子で、誇らしげに胸の張り出しをひけらかしたピンク色のシャツばかりが目立っていた。一号も僕も、そういう大胆にふしだらな胸元が大好きだ。しかし、今一号の興味は、パンチラの彼女に集中しており、処理能力の限界にフリーズしたように身じろぎしない。そういう集中力を、時々一号は見せる。

そういえば、ユキちゃんが泣きながら僕に電話してきた時に、家に帰って落ち着いてからくどくどと一号の事を愚痴り始めたのを思い出した。その時僕は妹と聞き役に回って、とにかくユキちゃんの気が済むまで好きなように喋らせよう、という態度だった。

話はあちこちに飛び散ったのだけど、その中でユキちゃんが一号のパソコンを覗いた時のことを喋った。曰く、一号の画像フォルダには、オッパイの大きな女の子ばかりがいた、というのだ。どうも、そこら辺のささやかな事がケンカの発火点だったらしく、ユキちゃんはその事をひどく恨めしそうに喋った。

ユキちゃんはそれほどに胸元に視線を集めるタイプではない。スレンダー、というのとも違うけど、中ぐらい、さほど特徴もなく、といった印象だ。それでも、気にはしているらしく、一号が本当に好きなのはオッパイの大きな女の子で、私なんて、という論法が火に油を注いだようだった。

普通彼女が出来たらそういう画像って全部削除しない?というユキちゃんに、妹は曖昧に笑った。僕は違う意味で、まぁね、と応えた。だいたい、あんなのみんな寄せて上げてこねくり回しているだけじゃないの、ただのビッチじゃないの。と畳みかけ、わっと泣き出した側で、僕も妹も堪えきれずについ笑ってしまった。彼女に気付かれないように、顔を見合わせて、互いに肩をすくめた。

そのユキちゃんが嫌っている画像フォルダは、歌詞カードを見る限り、削除されていないようだ。それをユキちゃんが知らないのか、容認したのかは解らないが、相変わらず水着姿のアイドルは歌詞カードに貼られ、さらに僕たちの曲のタイトルにまでなっているのだ。そういう癖というか、無意識の領域までに溶け込んでいる性質っていうモノはあるモノだ。

ただ、いくらオッパイの大きな女の子が好きでも、実際にそういう人と巡り会うとは限らないし、付き合う相手がみんなオッパイの大きい女の子、というわけでもないのが、現実だ。それは言い換えれば、常にトラブルの火種を抱えている事になるのかもしれないが、一方では、恋愛というモノが欲だけに支配されているわけではないという証拠でもあるのだろう。

でも、僕はその欲に、わりと忠実だったような気がする。忠実すぎて、どこか歪んできたような、そんな気がする。

 

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