僕はどうも諍いが苦手で、好きになり続けているのは得意だが、ひとたびトラブルに見舞われると、それをどう処理して良いのか解らず、気が付くとスッと腰が退けている。投げ出してしまうのだ。それでも、自分から捨てる勇気はないので、結局別れを告げられる。

そして、失恋の痛手は、結構深い。繰り返すたびに、どんどん苦手になってゆく。

やがて、恋愛が上手くないのだろう、となんとなく思い始めてから、そういう興味も薄らいできた。特に、一号がユキちゃんと出逢ってから、僕は一度も恋愛していない。いつもアンテナは張っているつもりだけど、電波をキャッチしても、深入りしない術の方が先走るのだ。

元々、ギターを持ったのも、自分の容姿に一番敏感な時に、一番自信が無く、そのための武器を求めて辿り着いたのが最初だ。モテたいために持ったギターだから、ギターを持っている自分は常に一夜の恋や、ホンモノの愛って奴を捜している、という体裁は未だ取り繕っているが、心の表皮をはがすと、恋愛を希求する熱はすっかり冷めてしまっている。かろうじて性欲だけが、種火をひたすら守り続け、時々発火する。

だから、最近は、恋人が欲しいのか、セックスする相手が欲しいのか、自分でも解らなくなってしまっている。そうなった理由は、年齢という茫洋なモノ以外には思いつかないんだけど、強いて挙げるならば、やっぱりユキちゃんと一号が出逢ったコト、なんじゃないかと思う。

付き合い始めの頃、未だ生活が根付いていない一号のアパートに、僕は気軽に顔を出していた。一号がいなくても、ユキちゃんは必ずいて、一号の帰りを二人で待っていたりした。それを全く不自然には感じず、僕はユキちゃんの前でゴロリと横になって、いつの間にか眠りこけてしまい、一号の帰宅で目を覚ました事も何度かあった。部屋の中には未だ、真新しい家具が居心地悪そうに置かれていて、折り目正しい感じが必要以上に清潔で、どこかに緊張感が漲っていた。ユキちゃんも気が抜けていても、普段着の立ち姿を崩さなかった。全てがぎごちなく、僕はそれが妙に微笑ましかった。

それが、一号とユキちゃんがケンカを繰り返すようになって、なんとなく部屋には近寄りがたくなった。というより、ケンカの仲裁とか、一号に説教するために部屋を訪れるコトが多くなって、回数自体はあまり変わりはないのだけど、なんとなく気が重くなってしまったのだ。

最近は、また時々、アパートには立ち寄るのだけど、よっぽどの用事がないと、行かない。音楽に関しては、定期的に一号と逢っているので事足りる。それ以外の理由で、となるといつの間にか二人で遊ばなくなったし、気が付けば音楽以外で同じ趣味を持っていない事に気付くのだ。

そして、ごくタマに、どうしても避けられない用事でアパートに行く。ユキちゃんは相変わらず必ずいて、いつもの変わらぬ笑顔で迎えてくれる。でも、服装はずいぶんと砕けているというか、それをラフと言っていいのかどうか憚られるほど、砕けている。

一度、エプロン姿でドアを開け、僕が一号いる?と聞くと、今ちょっとコンビニ行ってる、とユキちゃんは応えて、すぐに帰ってくるから中で待ってなよ、と言って振り向いた途端に、彼女がTシャツとパンティーしか付けていないのがわかって、僕の方が身体を硬直させてしまった。

さすがに、僕はちょっとその格好は、と背中に向けてに声をかけた。頭の中では、とんでもない妄想が渦巻きながら、僕は平静を取り戻そうと躍起だった。

そんな僕などお構いなしに、あららごめんなさい、とコロコロと笑いながら、悪びれもせず、どうぞ、と言って手招きするのだった。さすがそこまで堂々とされると、躊躇っているこっちが変に思われそうだったので、僕は意を決して玄関を上がった。

玄関を入ってすぐの洗面所の扉が開きっぱなしで、そこに彼女の下着が干されているのが目に入った。見てはいけないモノを見てしまったような気がして、僕は足早にリビングに入っても、相変わらずの格好で、ユキちゃんはウロウロしていた。隣の部屋に敷かれた布団が乱れている。僕はふすまを静かに閉めた。

それが達観なのか、開き直りなのか、それともただ無防備なのか。今までのユキちゃんが嘘で、このユキちゃんが本当なのか、あるいは逆か。ユキちゃんが変わったのだとしたら、何がそうさせたのかは、たぶん一号で間違いないんだろうけど、それにしても、その成果は一号だけに披露してくれ、と思う。一号との仲が空気のような、言わなくても解るような境地に達するのはなんとなく解る。それが、当たり前に横たわっている部屋に、こちらが押し掛けているのだから、どう振る舞おうと文句は言えないのだけど、それは男女の差というか、恥じらいというか、そういうものまで飛び越えてしまうのだろうか。

僕は、やはり恋愛というか、男女関係の感情も含めて稚拙なんだな、と思い知らされる。例えば、僕の両親は、特に母親は豪快な人で、そのいくらかの部分が妹にも遺伝していて、家の中ではだらしない部分がある事は承知している。未だにその片鱗は、家に帰ると、そこここに転がっている。

頭では理解していても、どこかにやはり夢を抱くのは、幼い証拠ではないだろうか、と思うのだ。夢を夢と認識して、現実と折り合いを付けるのが大人ならば、夢を夢のまま無意識に大事に育て続けているのも、それはやはり未熟なせいだろうと思う。

そのくせ、僕は、その日のユキちゃんの立ち姿を、ずっと忘れずにいる。それはもう、目を閉じずともいつでも現実にすぐそこにレイヤーのように重ね合わせる事が出来るほど、僕は記憶している。当然その日も、それから思い出したように何度も、ユキちゃんは僕の右手に熱い衝動を加える。

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