え?と思わず声が出た。同じようなリアクションをした人がおそらく何人もいたことだろうし、ビデオなら、もう一度巻き戻して耳をそばだてたはずだ。僕にはちゃんと聞こえていたが、それがすぐに意味と結びつかなかった。

階下で、妹の笑い声がした。ウケルーっ、と素っ頓狂な声を出して、妹はしばらく笑い続けていた。続けて、僕のケータイが鳴る。メールの着信音が、バリバリっと鳴る。みると、だいたいがユキちゃんと一号を知っている者の、テレビを見た反応だった。ユキちゃんなら言いそうだけど、普通は思ってても言わないよね、とか。

一号からはなんの反応もなかった。さすがに今の時間は、ユキちゃんと一緒にいるはずで、ユキちゃんが巧妙に見せなかった可能性もある。ボクはもっとも一号のリアクションが聞きたかったが、とりあえずすぐには、辞めた。

翌日、昼休みに一号に電話した。一号は放送は見ていなかった。でも、今朝、老人ホームの職員からネットに上がった動画を見せられたらしい。それを教えてくれたのは、職場の後輩だったそうだが、パートのおばちゃんとかみんなで見たらしい。これあんたの彼女?という好奇の目が、集まった中で、彼氏にメッセージを、で「死ね」である。爆笑の渦の真ん中で、一号は冷や汗をかいた、と言っていた。確かに前日口論はあったけど、何とか落ち着いたと思ってたんだけどなぁ、と情けない声を出した。滅多に見せない、気弱な一号の姿だった。

それでも、別れるとかではなく、もちろん死んで欲しいわけではなく、互いの好きとか嫌いとかの次元が、もう僕の理解の範疇からはかけ離れているんだろうな、と思った。それはなんとなく、夫婦同然になったカップルが、倦怠期を通り越して悟る境地なのだろうと、僕は想像した。

それは僕などには解らない。ユキちゃんがどうこうではなく、僕の中でそういうフラグメントがないのだろうと思う。かわいさ余って憎さ百倍、とはよく言うが、僕は余るほどに人を愛した事も、愛された事もない。これまでに普通に恋人が出来て、それなりに男女が絡み合う出来事の多くに遭遇してきた経験は、人並みに重ねてきたけれど、それは全て、ピリオドが付けられて僕の備忘録に刻まれている。

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