元々は熱い感じのラブソングだが、一号が歌うと、とてもイヤらしく響く。それに、だいたい語尾が「ぜ」というのは、一号のレギュラーではない。更にその日は、いつもよりも若干甘いニュアンスを含ませて歌っているな、と歌が盛り上がる頃に気が着いた。僕は一応、譜面台を目の前に置いて、歌詞を差し込んだクリアファイルを置いている。一号がプリントアウトした紙をそこに挟んであって、その時僕の目の前には、物憂げな眼をした桜庭ななみちゃんがこちらをじっと見つめていた。一号の声がオーバーラップすると、不思議と、ななみちゃんを口説いているような気になる。いつもは、水着姿のふしだらなポーズの画像が多いのに、これはとても距離感が清潔だ。

そんな経験初めてだったが、僕は演奏している最中に照れて、思わず一号の方に視線を向けた。一号の肩越しに、並んでいる観客の姿が見えた。女の子が数人、こちらをじっと見つめていた。

その内の一人が、ユキちゃんだった。用意した曲を全て演奏し終わって、よろしかったらこの後上のVAINで、というおきまりの一言をもう一度一号が言って、路上ライブはお開きとなった。三々五々、客が散っていく中で、僕はタカミネをハードケースに仕舞った。

その時に、一号が僕の肩を叩き、ユキちゃんを紹介した。今度付き合う事になったんだ、と一号が言うと、ユキちゃんははにかんでうつむき加減に軽く頭を下げた。

僕は、あ、どうも、とか云いながら、胸の内で舌打ちした。なるほどね、君を連れて僕は旅を続けるつもりなんだって事か、と。一号が、新しい恋人ユキちゃんに宛てた、愛のメッセージに僕は一役買ったわけだ。

自然な音楽の力も何も、僕はずいぶん無理をしたぞ、と言ってやりたがったが、僕は結局言わずじまいだった。その後三人でファミレスで、腰を据えて二人のなれそめを聞いたが、なんとなく、僕はユキちゃんに魅取れていた。

くりっとした瞳が印象的で、見つめられるとその視線の力に圧倒される。少しアンバランスな趣のある厚ぼったいクチビルの横に、笑うとえくぼが出来る。全体にぽっちゃりしているのは、たぶん一号の好みに合致しているだろう。肩までの髪は、最近では珍しい黒髪で、静かな物腰が、ちょっと良い所のお嬢さんっぽい雰囲気を醸し出していた。

それが何で一号なんだろうか?と思わないでもなかったけれど、そろそろ僕たちも落ち着く年頃でもある。今までは平気で誰とでも寝るか、圧倒的に一号を独占したがる強烈な印象を残す女性ばかりを選んでいた一号が、本気になったのかもしれないな、と僕はその時思った。

ユキちゃんは一号と一緒にいる事が、どうしようもなく幸せに感じるらしく、ただ、その表現はとても抑制的で、ただ絶やさない笑顔、という形で現れていた。僕とは初めて逢うはずで、それは想定内だったはずだけど、それにしては一号のフィルターが常に僕とユキちゃんの間にはあって、その事が嬉しくて堪らない、だから緊張よりも笑顔が先に出る、そんな感じなのだ。

完敗だな、と僕は思った。そして続けて、一号は、僕の家を出る話をした。それで止めが刺された感じで、ユキちゃんと一緒に住む、とは一言も言わなかったが、容易に想像は出来た。そしてその日は、ファミレスで僕らは別れ、僕は一人で家に帰った。

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