「でもさ、気が着かないものかな、ああいう格好でしゃがんでいると、確かに周りの奴には見えないかもしれないけどサ、オレに丸見えなのは、ちょっと考えれば解りそうなもんで」

と、言い終わらないうちに、明らかに僕らより十歳は若そうなウエイトレスが、フライドポテトの皿を持ってきた。一号は、無愛想な彼女の表情を少し上目遣いの流し目で見る。僕の話などまるで気にも止めずに、そのいつも立ち寄っている、いつもこの時間に見かける、いつも無愛想な彼女の顔をじっと見た。イヤらしい視線だな、と思って僕は繋げようとした言葉を飲み込んだ。

仕方なく、僕も彼女の表情を見る。毎週これだ、と思う。そして、いつものように、満更でもない微妙なうっすらとした笑顔を浮かべた彼女は、一礼して踵を返した。

彼女が背を向けると、まるで何事もなかったように、一号は僕を見て、意外に気が付かないモノだよ、と言った。いつものことだけど、一号は聞いていないようで、聞いている。注意力が散漫で、視線があちこちするようなタイプでもない。意識は常にある。だから、話もちゃんと聞いているし、その隙間を器用に使って自分の注目も満たすのだ。それが秒単位で細かく繋がっていて、着いていけない者は、まるで何も考えていないような、そんな印象を持つ。

一方で、そもそも、一号を僕と引き合わせた原因でもあるのだけど、彼の顔は万人が見て、少なくともよっぽどのマニアックな嗜好の持ち主でない限り心惹かれる造形が刻まれている。時々、男の僕が見ても、こいつカッコイイよな、と思うほどの見栄えする美形の持ち主だ。

放置自転車の列が人影で所々隠れるようになったのは、演奏の善し悪しや、マスターの尽力よりも、結局一号の見てくれのおかげなのかもしれない、と思う。一度、店先で客引きをしている一号に吊られてVAINに来た女の子が、機材を片づけてそそくさと帰ってしまった僕らを見て、騙されたと言って暴れたことがあった。僕らがVAINで働いていると思ったのだろうが、僕らはほとんど、店の中にはいない。一号がまったくの下戸で、嗜む程度の僕はクルマで酒は飲めないし、ブルースよりも永ちゃんの方に魂を吸い取られているマスターとも話がイマイチ合わなかった。

だから、反省会という名目で、帰り道にあるこのファミレスに寄る。五色台を貫く道路が無料になったおかげで、浜街道を通れば宇多津にある一号の住むアパートも、詫間にある僕の住む実家も近くになった。

別にまっすぐ家に帰ってもイイ。でも、一息つく空間を、自分の部屋以外の場所に確保しておきたかった。車の中は、集中力が散漫なままで、路上で演奏した残り香を洗い落とすには、自分に集中出来ない。一号は助手席で座っているだけだが、バンドのクールダウンというモノは、メンバーが同じ時間を共有する事でしか、成し得ないんだろうな、と思う。

だから、ファミレスは、ちょうどイイ寄り道だった。寄り道をして、結局くだらない話を三〇分ほどして、本当に一言、二言、来週の話をして、終わる。一号のアパートに寄って、また浜街道に戻って彼を下ろすと、暗い夜道をのんびり帰るのだ。

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