「福岡か、飯が旨そうだな」

「住めば都だよ」

こっちの方角だな、と主は指をさす。夕日が落ちていきそうな方角で、今はそこだけ、雲が切れた明るい日射しが、鋭い角度でこちらを照らしていた。

「これからは、きっと、小さなコミュニティーの中で、その内輪だけでお金が回るような、そういうシステムが主流になっていくんだろうな。小さな劇場だったら、そこだけのファン、そこだけで通じるメディア、それで、出てる側も見ている側も完結する、みたいな。テレビも、もっとローカルになっていって、そこでしか見られないモノが多くなる、そんな気がするんだ。今までみたいに、爆発的に全国区なることが人気のバロメーターで、売れ筋商品で、ということは機能しなくなるんだろう。そんな気がする」

それに、と夕日に目を細めたままの、主は云った。

「ここの方が、東京より福岡に近いんだぜ」

だから?と返すと、なんでもない、と主は憤慨したように云い捨てた。

「私のソロ・デビュー、どうなると思う?」

そのことは、きっと事務所の方で、大人の話し合いにあるんだろうけれど、一応私自身でも話しておいた方がいい、と思っていた。

「さあな、延期は確実。無期延期で、そのまま消えるかもな」

「残念?いろいろ、ギャラとかアテにしてたんじゃないの?」

まあな、と応えたまま、主は口を閉ざした。私のせいではない、と主に対しては強弁できそうになかった。それは、なんとなく、私が迷惑をかけたことには変わりなく、責任はなくても、道義的ななにかはあるとかないとか、そんな気がした。

「もうこれで、東京で仕事することもなくなるかもしれない。こっちでギターの先生、ていってもなぁ・・・」

「引退するの?」

わからない、といって、また口をつぐむ。しばらく、沈黙を風が切る。さっきより、ずいぶんと風が強くなった。湿気を含んだ風は、もうすでに微かな雨粒を運んできている気がした。

「今風俗店で店長しているピアノのヤツの話をしただろ?嫁には内緒で、時々逢うんだけど、あいつ今でもピアノを弾いているんだ。たまに店の女の子の前で、得意げに弾いてみせるらしい。それがたまらなく、愉しんだって。俺も、そうなるのかな、とかなんとなく思う。一度、音楽に取り憑かれたヤツは、そう簡単にはリタイヤできないんだ」

「私たちも一緒だよ。やっぱり、唄いたいし、踊りたいし、それには、場所が必要なんだ」

そこが私の居場所なんだ。主は頷く。

「福岡だって一緒なんじゃないか。そこがどこかじゃない。その状況の中で、お前がその場所をどうするか、だ」

今度は私が頷く。

「ねぇ、今度のこと、結局何が悪かったのかな?」

私?と私は自分の鼻の頭を指さす。

「そうだな、考えてみれば、お前に男を見る目がなかった、それだけだな」

そういって、不意におかしさがこみ上げて、止まらなくなった、というように、主は声を上げて笑い始めた。ヒクヒクと口の端をけいれんさせながら、本当におかしそうに笑う。

もう、といって私は主の腕を小突く。

普通なら、バカだな、で終わる話だったのに、それが私の住んでいる居場所、なんだろうか?

きっとそうなんだろう。その中で、私は生きている。

「まぁ、後悔しない人生なんて味気ないモノだ。これは、あのピアノ弾きが云っていたんだけど、あいつは自分のやったことで刑務所に行って、考え方がずいぶんと変わったらしい。

それは、責任取る覚悟があるならば、後悔しまくる人生の方が何倍も楽しい、って」

笑いで乱れた息を整えるために、一呼吸、おく。

 

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