彼は私を抱きながら、一度も「好きだ」と云ったことがない。ずっと前に読んだ恋愛漫画で、そんなことに悩む主人公が居て、それを思い出した。抱きしめられるたびに、その漫画を思い出した。思い出した後に、ああ今私は恋愛の最中にいるんだ、と思うと胸が熱くなった。

一日の終わりに今日あったことをメールするのが日課になって、今日はどんなことをメールしようかと思うだけで、その日一日が充実した。目にするモノ、耳にするモノに敏感になって、自分がいつになく前向きになっていることを自覚して嬉しくなった。

恋愛を経験することは、幸せなことだと思った。

それはごく普通のことだし、当たり前のことだと思っていた。

恋愛禁止のルールが、私の仕事には存在している、というのはわかっていたけれど、それがプライベートまで拘束するモノとは考えなかった。イヤ、本当は、そういう言い訳を、一応考えて、自分の素直な感情に身を任せたのだ。

なんとなく、頭の中では、ルールを破る罪悪感みたいなモノは確かにあった。でも、言い訳できる程度のモノだと思っていた。

それに、その恋は、早々と終わってた。

 

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