ところで、オレはこのことを、藤木に言うのだろうか。

オレは藤木には、他人には言っていないこともたくさん告白している。もちろん言っていないこともたくさんある。

罪の意識は、共犯者が多いだけ、幾分かは薄れる。秘密を背負わされた方は堪ったものではないだろうが、告白する方はその分、気が楽になる。オレにとって抱えきれないほどの秘密というわけではないだろうけれど、何が起こるかわからない不安は些細なことではかなく潰える未来を、幾つも予言していた。

でも、確かあの屋上の出来事を、暫くして友人に漏らしたのがきっかけで、お相手の彼女との仲が気まずくなったのだった。あの女の子に、信用していたのに、と電話口で泣かれて、オレはその時自分の愚かさにまだ充分には気付いていなかった。

それがオレにとって、女の子との確執の始まりだったかもしれないのだけど、オレはそれに懲りることもなく、それ以降も秘密だけは作り続けた。明日菜ちゃんのことだけではない。恵子との間にも、藤木には絶対に言えない話がある。

明日菜ちゃんと一緒に旅行に行ったんだ、ぐらいでも、きっと大騒ぎをするだろうアイツに、恵子のことなんて絶対に言えない。

そんなことを考えながらも、オレの体は熱い欲望に突き動かされていた。欲望を象徴する部分があちこちで、敏感に反応していて、それは確実に明日菜ちゃんにも伝わっていた。

オレは彼女の濡れた髪にキスをした。

彼女は顔を上げて、潤んだ瞳でオレを見た。

そのままオレたちは唇を重ねた。何度か触れて離れて、そしてしっかりとお互いを捉えると、そのまま舌を押し入れあって絡ませた。彼女の腕がオレの背中に届いて、オレは彼女の腰を抱く。しっかりと一番燃え上がっている部分を押しつける。

充分に堪能すると、自然と顔が離れた。彼女は視線を逸らして俯くと、ふーっ、と大きな息を吐いた。

一線を越えた親密さがオレたちの間に漂っているのを、オレはしっかりと感じ取っていた。彼女は身体を横に向けて、視線を合わすのを避けていたけれど、さっきよりはずっとずっと、当たり前に感じあっていた。

あっけないものだな、とオレは思って、今まで躊躇していた自分を嘲笑った。いつも、そうなんだよな、と。

ふと、彼女はオレを見た。上目遣いで見るその視線は、やはり欲情を宿していた。さっきまでの無防備さがそのまま、羞恥に染まってうっすらと肌を染めていた。

ねぇ、と問われて、オレは無言で頷いた。そしてもう一度、と傾きかけたその時。

「ねぇ、上島さん、何か悪いコトした?」

え?と声を発したままオレはその場で硬直した。欲情が一瞬で凍えた。

「今度のライブで、何かトラブっているでしょ?上島さん。何かした?」

甘えたような、それでいて大人の艶のある声は、急にオレを問い質す。彼女が別人になったか、十歳は歳を取ったような気がして、オレは本人かどうかを確かめようと、目をいっぱいに開いて彼女をまじまじと見つめた。

彼女はやはり、明日菜ちゃんのままで、オレは唖然とした。だが、取り繕う努力はかろうじて忘れなかった。そして、当然のごとく、上手にはいかない。

「そういうのって、敏感に感じるもんなんですよ」

言葉遣いは変わらなかったが、親しみの色彩がすっかり深く横たわっていた。それだけに、問い質す力はオレを簡単に押し戻した。大人びた視線と表情は、オレの目が変わったのか、彼女の中の何かにスイッチが入ったのか?

「まぁ、ちょっとね」

苦し紛れの言葉を吐いて、オレは彼女の肩を引き寄せたが、彼女はフフン、と小さく笑って、ハッキリとは納得はしなかった。それでも、オレの肌からは離れようとはしない。そことが何か、納得を求めているような気もしたし、ただの戯れに過ぎ去らせてしまうようにも思えた。曖昧なまま、彼女はとうとう背中を向けて、オレの胸に身体を預けた。

それからオレは彼女の背中を抱いて、しばらくは湯に浸かっていた。雪がまた降り始め、湯煙が にわかに立ち上る。夕刻が近づいて、気温もグッと下がってきたようだ。

お腹空いた、と彼女が言って、オレたちはようやく露天風呂をあとにする決意をした。

果たしてオレは彼女を抱くことが出来るのだろうか、と先に立って内風呂の方に歩いてゆく明日菜ちゃんの背中を見ながら思った。柔らかく、また充分に肉付きの整った後ろ姿で、麗しいヒップがたわわに揺れているのを見ながら、オレの劣情はひどく掻き立てられたけれど、それを素直に受け入れるほどに、オレは純粋にはなれなかった。

堂々巡りが転がる。オレはそれを実感している。また最初からやり直し?

それでもオレは、さっきよりはマシなんだと、無理矢理思うことにした。

朝までまだ、時間はある。

 

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