さやかちゃんとか、はるかちゃんとか、大勢でヤルとカッコイイと思うんだよね、と解らない人が聞くと少し顔をしかめるような表現で、一号は尚も僕を説得する。ちなみに、さやかちゃんもはるかちゃんも、僕が書いたオリジナルで、一号が歌詞を付けて歌詞カードに画像付で渡してきた。どちらも、リフ主体の曲で、アコギではちょっと浮いている。

「だから、別にオレの曲をヤルのは問題ないよ。一号がバンドで歌いたければ、参加すればいいじゃないか」

僕には、一号がそんなに熱心に僕を誘う理由が解らなかった。最初は、バンドに加入したくない言い訳かもと思ったのだけど、どうもそうではなく、本当に一号は僕のギターを必要としている気がした。それはとてもありがたい事だし、友情とか、同志とか、そういう感情で結びついている実感は悪くない。

でも、一方で、なんとなく僕の中でバンド、という共同作業には乗り気になれなかった。逆に、僕の方は、友情とか同志という言葉で縛られるモノを、敬遠していた。だから、一号には一号で、音楽を表現する術を、僕から縛りたくはないと思う。

いつも、この根っこのところで、平行線は交わらない。どんなに近づいても、やはり平行線は平行線なのだ。

そして、まんじりともしない空白が訪れる。最近は、話がパタリとそこで止まって、飲み物の残りを平らげて、お開き、となる。

しかし、その日は、違った。あ、と一号が声を上げて、首を伸ばした。僕の肩越しに何かを見ている。僕はその視線に誘われるように、後ろを振り向いた。

パンチラの彼女だった。

彼女が、こちらに向かって、スタスタと歩いてきている。一瞬、僕らに気が着いて何らかのアクションを起こしに来たのか、と期待した。一号は、そのまま視線を彼女にロック・オンしたまま、追いかけていたが、僕は期待を抱いた瞬間に、目を逸らした。

なんとなく、彼女の存在を知っているのが、あざとく感じられたのだ。知っているのに知らないフリをするのは、どうかと思うし、知っていて何もアクションを起こしていない、というのもなんだか嘘っぽく感じた。僕らは少なくとも、このファミレスに来た時から、彼女を話題に上らせていたのだから。

しかし、彼女は僕らのテーブルを平気で通り過ぎた。向こうの、店の奥の隅にある洗面所に姿を消した。何の事はない、ただの通り道だっただけだった。

と、そこで一号が、僕の方へ身を乗り出してきた。ニヤニヤと、悪巧みに興奮した子供みたいな顔をしている。僕は嫌な予感がした。この顔は、いつもユキちゃんとトラブルになって、言い訳する時に、ふと、でもあの娘可愛かったんだぜ、と若干自慢を滲ませて話をする時の顔だ。それは、ユキちゃんに対しての背徳に、僕を引き込もうとする思惑が絡んでいて僕のいくつかのユキちゃんへの肩入れを潰す。

僕は目を逸らした。テーブルの端にある、今月のお勧めスィーツ、と書かれた紙製のポップに目をやる。

「もし、さ、もし、だよ」

入念にネタを仕込む、そんな口振りで、慎重に一号は言葉を繋げた。僕は顔だけ上げた。

「さっきの彼女とさ、デートの段取りとか付けたら」

予感が半ば当たる。その予感は、不穏な空気に満ちている。具体的に、何がどうするというわけではないけど、なんとなくそんな予感がするのだ。一号の話は、かなりの強引さを必要とするような、そんな気がした。越えては行けないラインの向こうへ、僕を引きずり込もうとするようなきな臭いにおいがする。

「バンド一緒にやる、ってのはどう?」

そう来るか、と言いかけて辞めた。改めて、そんなに僕とバンドがやりたいって、いったい何なんだろうか?と思う。もっと別な時のために、貸しは取っておくものじゃないのだろうか?

「イヤ、そういう風に言われても、バンドはどうしてもイヤだよ。とにかく、もうバンドへの興味は薄れてて、それよりは、二人で路上で歌っている方がずっと性に合っているような気がするんだよ」

一号はニヤニヤを止めない。おそらく、一号は、一方的に貸しを押しつける、ぐらいの事は考えているような気がした。急に胸騒ぎが増加する。実際に動悸が速くなる。僕の足下から胸にかけて、ぞわぞわと得体の知れない悪寒が走る。

「何考えてるんだy・・・」

言い終わらないうちに、僕の視界に再び、彼女の姿が映った。洗面所から出てきた彼女は、うっすらとルージュを引き直している。ピンク色のクチビルが、やけに光って見えたのだ。もしかしたら、さっきも同じだったのかもしれないけど、僕の目には、そのピンクのクチビルが真っ先に目に飛び込んできた。

そしてあの、路上の彼女の、膝を立てて抱えて、なんとなくこちらを見るような見ないような、物憂げな表情で演奏を聴く姿が重なる。僕はその中心の一点に惹き付けられ、彼女のクチビルが、それと交差して言い様のない官能の匂いを感じた。大人としての節度の範囲内だったが、それはすぐに不穏な予感に染まる。

彼女は洗面所に向かった時と同じ歩幅で、足早に歩いてくる。もう数歩で、僕らのテーブルにさしかかる。

僕の視線に気付いた一号が後ろを振り返る。当然、またしてもその目は、彼女にロック・オンする。そして、確かめるように一度僕を見た。

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